宗像大社中津宮(福岡県宗像市)後編

 

女子旅にお勧め?

宗像大社中津宮には、

多くの境内社や神水など、

見所、体験所が数多くあります。

中でも七夕祭り発祥の地に

関係した、「天真井」、「天の川」

「織女神社」、「牽牛神社」などは、

女子旅には欠かせない

縁結びスポットかも知れませんね。

いや、まてよ・・・

七夕のお話だと愛し合う2人は、

確か結ばれていなませんね(汗)

でも独身っぽい女子旅のグループ

来ていたな・・・(笑)

本殿周りの境内社

本殿参拝の後、まずはその周辺の

境内社に参拝です。

松尾神社。

お酒の神様でしょうか・・・。

最近妻の影響もあって、

お酒が好きになって来た僕なので、

ご縁があったのかな(笑)

國玉神社。

祓方神社、示現神社。

御嶽神社。

御依代神社、年所神社、御飾神社。

前戸神社。

多くは名前だけが書かれていて、

御祭神はわかりません。

天真名井

本殿左脇、社務所と神饌所の間に

控えめな案内があります。

「天真名井

この奥に真清水が湧き出ています」

中津宮に来たならば、

ここは外せないスポットでしょう。

専用の石畳に一歩踏み入れると

いきなり森の中の別世界になります。

途中見つけた、バクチの木。

博打の木(笑)の由来を

Wikipediaで調べると

「樹皮は灰白色で、絶えず古い樹皮が

長さ数十センチ程度のうろこ状に

剥がれ落ち、黄赤色の幹肌を現す。

本種の名は、これを博打に負けて

衣を剥がれるのに例えたことに由来する。」

確かに身ぐるみ剥がれているようで、

ちょっと痛々しくもあるかな(笑)

さらに先へ。

「霊水 天真井」の石碑。

右から左への書き方からして、

戦前の建立と思われます。

天真名井の前を流れる「天の川」。

天真名井神社の

すぐ下に真清水が湧き出ています。

霊験あらたかな水で、

体内を清める妻。

これで、長生き出来るかな?

右側の天の川を見ながら、

参拝路で本殿方面へと戻ります。

本殿周辺のあれこれ

本殿の周辺には、

ちょっとした観物や、

ツッコミどころ(笑)もあって、

歩くだけで楽しくなります。

本殿裏の案内。

左側には、

「御嶽宮(御嶽山山頂)

徒歩=往路30分、復路15分」

と書かれています。

今回の大島訪問のきっかけになったと

前編で書いていた、

以前、フェイスブックで知り合い、

京都から来た30代の男性と2人で

この大島を訪問した時には、

船の出港時間に間に合わせるため、

これ以上のスピードは無理

という位、息切れ寸前の(汗)

「超高速、駆け足」で、

御嶽山に登ったのですが、

それでも25分ほどはかかりました。

今考えると、当時54歳だった僕が、

30代の若者と同じペースで登れたのは

奇跡だったというしかありません。

なので、僕のように還暦過ぎならば、

余裕を見て1時間弱と考えた方が、

安心かもしれませんね。

ちなみに復路は、

山から駆け降りる感じで15分で、

降りられましたよ(笑)

木の途中の、まるでカンガルーの

お腹の袋のような穴から

葉っぱが飛びてています(笑)

こちらは、楼門横の回廊に飾られていた

「沖津宮日誌」

明治三十八年の日本海海戦を

望見した時の様子が記録されている

大変貴重なものです。

これを読んで驚くのが、

「敵が来たから警戒してね!

と電話がかかって来たので、

展望所で報知の任務につく」(超訳)

と書かれている点です。

江戸時代の終わりからたった38年、

既にこの時、絶海の孤島、沖ノ島には

電話があったのですから

日本におけるインフラの発達は

恐るべしですね!

僕の実家に電話がついたのは、

大阪の万博があったころ、

昭和45年位だったというのに(笑)

こんな一事も大国ロシアに勝てた

背景の一つでしょう。

こちらは前編でも書いた

「みあれ祭」で使われる神輿。

これによって、

沖ノ島の神様、田心姫命が

ここ中津宮にいらしている事が

分かった次第です。

織女神社

大島には、

「筑前大島天の川伝説」と

いうものがあり、ここ中津宮では、

毎年8月7日には

鎌倉時代が発祥と言われる

盛大な七夕祭りが行われています。

宗像大社のサイトに書かれた

伝説の内容を要約すると

次のようになります。

「昔、唐の国に使えに行った貴公子が、

織女を伴って帰国の途中、

深い恋仲となったが、 二人は日本に着いて

離ればなれになった。

貴公子は織女を想い、日々を過ごしたが、

ある夜、夢枕で神のお告げを受け、

筑前大島の中津宮に来て、

天の川にたらいを浮かべ、

水鏡に映る織女との逢瀬を楽しみに、

神仕えの身になったという。」

悲恋ではあるものの

ロマン溢れるお話ですね!

ということで、こんなお守りも

授与されているようです。

「縁結 七夕まもり」

これさえあれば、

中津宮は縁結びスポット間違いなし(笑)

織女神社は楼門下の

参道脇に鎮座していますので、

石段を降りて向かいます。

神社から海が見える眺め、

素敵ですね。

織女神社は、天の川の向こう。

織女神社の向かいには

牽牛神社が鎮座している旨の

案内があります。

また、

「ここからご参拝ください」とは

書かれていますが、

上っても良さそうなので、やはり

ここは上るしかないでしょう!

神橋で天の川を渡ります。

お~崖の上に見えていますよ!

なんじゃこりゃ!

鎖を伝って上るなんて、

久しぶりじゃないですか。

岩屋神社の大日社以来かも?

その大日社に参拝した時の写真がこちら。

今見ると石段がありだけ、

こちらの方が登りやすかったかも(笑)

いつものように脱線しましたが、

話は、織女神社に戻ります。

石段なども無く、

鎖にしがみつきながら

織女神社に向かい崖登りをする妻。

無事社殿に到達し参拝。

御神木も枝の形が

何だか神がかった姿ですね。

下を見ると・・・怖い(汗)

何とか怪我もせず、

合計120歳夫婦は無事

地上に戻りましたとさ(笑)

牽牛神社

織女神社の向かい側にあるのが、

牽牛神社です。

下からズームで撮影。

しかし、社殿は奥なので見えず。

入口はここですが、

一番上の牽牛神社までには、

幾つかの境内社を通ります。

目の前の塀は、

元治元年(1864年)

この三名の方々によって寄進された古い物。

鳥居の神額には「蛭子神社」の文字。

次の鳥居には「須賀宮」の神額。

須賀神社の後ろ側にいらっしゃる神様。

左は、延享元年(1744年)の

文字が刻まれた猿田彦大神。

右は恵比須社の古い神額。

ここからさらに石段を登ります。

石段下には「天満宮」と「大○宮」

の神額が置かれていますので、

昔はここにも鳥居があったのかも

知れませんね。

石段を登り切ると2つの石祠があり、

これが先程見た

「天満宮」と「大○宮」でしょう。

そして、お目当ての牽牛神社といえば、

この2つの石祠の裏側に

隠れるようにして鎮座しているのです。

牽牛神社の石祠。

これだけが、織女神社に

向き合うよな方向で鎮座しています。

その視線の先は・・・

天の川を挟んで鎮座する

織女神社です。

少し離れていても

見つめ合えるって素晴らしい事ですね!

これにて宗像大社中津宮の参拝は

全て完了です。

 

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