寝太郎荒神社(山陽小野田市)

 

金(きん)を集める方法

寝太郎荒神社のご祭神、

「寝太郎」についての逸話が

山陽小野田市のサイトにありますので、

引用し、抜粋・要約します。

「むかしむかし厚狭あさの里に毎日毎日

寝てばかりいるので、皆に笑われ、

「寝太郎」と渾名された若者がいました。

それにはおかまいなく寝太郎は三年三月、

まるまる寝て暮らしました。

ある日ひょっこり起きあがった寝太郎は、

裕福な庄屋のお父さんに

千石船を作ってくれと頼み、

それが出来ると、

今度は船いっぱいのわらじを

買ってくれといいました。

わらじを千石船に積むと

どこへとも知らず

厚狭川を下っていきました。

寝太郎は荒れる海を渡り、

遠く佐渡が島へ向かっていたのです。

やっと佐渡が島へ着いた寝太郎は、

新しいわらじと古いわらじを

ただで取り替えてやると

島じゅうにふれ歩き、

たくさんのわらじを集めました。

厚狭を出てから四十日たった日、

寝太郎の千石船が帰ってきました。

そして大きな桶で持って帰った

泥んこのわらじを洗わせました。

すると桶の底にぴかぴかの金の砂が

山盛りになっていました。

寝太郎は砂金を売ったお金で川を堰き止め、

灌漑用水路を作りました。

おかげで荒れ地だった土地が

豊かな水田に変わったのです。」

この話を読んで、

僕も佐渡島に行く時は、

たくさん新品の靴を持っていこうと

決めました(笑)

参拝

下関市の小月神社から

お隣、山陽小野田市の

寝太郎荒神社へは車で約20分の距離。

ただし

途中、車中でコンビニ飯での昼食と

ちょっと迷った分を入れ

合計1時間ほどでの到着です(笑)

社頭。

「寝太郎荒神社」

以下、案内です。

千町ヶ原せんちょうがはらネタのほぼ中央にあり、

その開拓者=寝太郎を祭神として

祀っている。

昔、この一帯は葦の繁った沼地であった。

この沼地がいつの頃、誰の力によって、

厚狭川をせきとめ、水門と水路をつくり

千町ヶ原に灌漑用水路を引き、

すばらしい美田に変えた。

これは天保十二年(1841)の

風土注進案にある話である。

この物語が幾多の創作まで織りこまれて

一つの伝説が深くこの地に根を下ろした。

それが寝太郎物語である。」

このように

「金のわらじ」伝説の

ベースとなる逸話が

紹介されています。

明和八年(1771)寄進の鳥居。

何気ないのどかな場所に、

こんな古い鳥居があるとは、

びっくりですね!

約250年前、

鳥居を寄進した方々のお名前も

しっかりと残っています。

古い手水鉢。

文字は読めませんが、

もしかしたら鳥居などと

同時期の寄進かも知れません。

本殿の石祠と寝太郎の記念碑(右)。

参拝。

「寛延三年庚午正月吉祥日」とあり、

それに続き奉納者名が刻まれています。

西暦だと1750年、

今から270年ほど前の建立です。

神社裏側の庚申塔。

「寝太郎荒神社と旱魃記念碑」

案内を書き出すと

「寝太郎荒神社は、

寛延三年(1750)、

広瀬地区の吉井又左衛門ほか

農民たちが、

石祠を建て松の木などを植えて、

荒地だった千町ヶ原を美田に変えたと

語り継がれる寝太郎に感謝を捧げたもので、

千町ヶ原のほぼ中央に当たります。

敷地内には、

「旱魃記念 自昭和14年6月22日

至同年9月11日迄晴天

大井手掛のみ満作」

と刻まれた石碑があります。

昭和14年(1939)は大旱ばつで、

厚狭川の東側などは

収穫が皆無の状態でしたが、

大井手(寝太郎堰)から

水を引いた地区は逆に豊作だったとのこと。

その驚きと感謝が

一本の石柱に刻まれています。」

このようになります。

それにしても

旱魃が記念になるというのが、

凄いじゃないですか!

お地蔵様といくつかの石柱。

右の石柱には、

「田の神は寝太郎権現の農始 蒼生」

と刻まれているので、

「蒼生」って何?と思って調べると

蒼生とは「人民」の

ことだと書かれています。

みんなの崇敬が

厚かったという事でしょう。

お地蔵様に参拝。

ツーショット完了。

ねたろうの里公園

寝太郎荒神社参拝後、

「ねたろう公園」へ。

寝太郎荒神社の全景。

この道路を挟んだ向かい側に

公園はあります。

「ねたろう公園」

この辺りには、

古代の条里制の地割が残っていると

案内されていて、

その痕跡が今も残っています。

寝太郎荒神社を中心に

GoogleMapを見ると、

条里制の雰囲気が、

よく分かりますね。

ゆるキャラ「ねたろう君」。

鍬を持ったゆるキャラは

ちょっとレアかも?

しかし、

開拓の神様ですから

これは必須アイテムかな?(笑)

山陽新幹線を見つめる「ねたろう君」。

そして、

ここで凄いものを発見!

驚くことに、

僕たちが訪問した

わずか1週間ほど前に

点検されているのですよ!

過去の旅で、

観光地の構造物が、

建てたは良いものの

いつしか忘れ去られ、

メンテナンスされず経年劣化、

そして放置または撤去という

悲しい結果を見てきた僕には、

山陽小野田市のこの対応は、

素晴らしいと思います。

もしかすると、

この日一番の感動だったかも?(笑)

 

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