西岡神宮(熊本県宇土市)

 

肌で感じる温かさ

西岡神宮の参拝で思ったのは、

人の気持ちというのは、

目に見える形に現れるということ。

体験する全てのことに心を打たれ、

宮司さんはじめ職員の方々の

真心がひしひしと伝わって来ました。

本殿へ

駐車場の直前が社頭です。

一の鳥居の柱には、

「皇紀二千六百年記念」

「昭和十七年十月吉日」

このように刻まれています。

皇紀二千六百年は昭和十五年ですから

戦争の影響もあって、奉納時期が

ずれたのかも知れません。

さざれ石。

案内文中に、

「国家「君が代」の源歌は、

平安時代(中略)

藤原朝臣石位左衛門が、

さざれ石を見て詠まれたものです」

そして、最後には

「産地 岐阜県揖斐郡(天然記念物)」

このように書かれています。

岐阜県揖斐郡にある

「さざれ石公園」のサイトによると、

「石位左衛門は、春日谷から近江の君ヶ畑や

京都へ行き来する際、

古屋笹又という谷間で、

渓流に露出する「さざれ石」を見て

「これは珍しい石、目出度い石である」と

見たまま、感じたまま、

詠んで奉った歌を残しました。」

古屋笹又とは揖斐郡にある地名です。

そんな国歌発祥の地から

わざわざ運んで来た「さざれ石」が

ここで見られるとは、

なんと素晴らしいことでしょう。

さざれ石の後ろ、一段上がった場所には

宇土市出身、正代関の幟が並び、

そこは土俵となっています。

手前の燈籠は文化五年

(1808年)の寄進です。

古い石段で随神門へ。

立派な唐門破風の随神門。

阿形の随神様。

吽形。

鶴の丸紋があしらわれた手水鉢。

拝殿。

扁額の文字は、三條實美の書ですね!

三條實美(さねとみ)は、

幕末、八月十八日の政変で、

京都を追放された公家であり

いわゆる「七卿落ち」の中心人物です。

その後、大政奉還後、復権、

明治政府でも要職についています。

三條さんの素直な文字を見ると、

明治政府で何かと

心労が耐えなかった、

真面目な人柄がにじみ出ています。

拝殿右側。

左から、拝殿、幣殿、本殿。

御社殿を俯瞰出来る場所もあります。

境内社など

本殿を取り囲むように、

境内社は鎮座しています。

東之相殿。

祭られている神様。

「古代の神石 磐座(いわくら)百官石」

「五災護り札納所」

宇土古城と繋がる本殿裏側の石垣。

打込み接ぎ的な雰囲気ですが、

明治時代くらいのものでしょうか?

「御縁結」

女性の心をくすぐる場所。

西之相殿。

稚児社。

西側から見た境内。

五色の鳥居。

「人として守るべき、

目指すべき心のあり方である徳を

五色の鳥居に願いを込め、

人が正しく歩む道として

表現しています。」

このように案内され、

各鳥居にはそれぞれ、

「仁、信、礼、義、智」、

この「五常の徳」が表されています。

確かこれ神社検定で勉強したな~(笑)

宇土市のゆるキャラ、

「うとん行長しゃん」と力士妻(笑)

日本一大きいおみくじ。

二人の運勢は「吉」と「末吉」。

まあ、これくらいが妥当でしょう(笑)

そう言えば、熊野那智大社でも

「日本一大きいおみくじ」をひいた思い出が・・・

どっちが本当に日本一なのか?(笑)

歴史資料館

社務所横には

歴史資料館も併設されています。

入り口。

展示物の印象よりも

僕は、こんなおもてなしに感動!

とにかく、温かみ満載なのです!

御朱印。

ツーショットで参拝は完了。

最後の感動

境内を出る時に気づいたのが、

こんな場面です。

整然と分別された古札納所。

宮司さんの親切なお気持ちが、

ここに表れていますね!

 

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