御岩神社(茨城県)楼門

 

ご縁があれば

アポロ飛行士も向井千秋さんも

宇宙から光の柱が見えたという

霊峰・御岩山。

その頂上に登る予定で、

御岩神社に行ったのですが、

この日は雨で登山禁止に・・・

正直な気持ち、

限られた時間の中、

険しい登山道を往復しなくても

良くなった分には、

ホッとしたかも知れません(笑)

まあ、ご縁があれば、

別の機会がやってくるもの・・

運命とはそんなものでしょう。

社頭

御岩神社への道、

Google先生は迷ってしまいました(汗)

なので、

最後は自力で駐車場へ。

さすが人気の神社、

駐車場は臨時を含めて

5箇所もありります。

僕たちは「P3」駐車場に停め参道へ。

「この印籠が目に入らぬか〜!」

水戸藩&三つ葉葵の御紋を見ると

条件反射で土下座しそうな世代です(笑)

参道入口。

「P1」駐車場の桜で記念撮影。

参道

P1駐車場から再び参道へ。

参道へのスロープは、

擬宝珠付きでちょっと感動!

一の鳥居。

その柱の手前には、

こんなものが安置されています。

ハートの石!

狐の顔にも見えます(笑)

雨の日限定御朱印の案内。

めちゃカッコよくて、

欲しいと思ったのですが、

僕たちは社務所が開く前に

ここを出発したので、

残念ながら授与いただくことは

叶っていません・・

鳥居をくぐり祓戸神社を参拝。

祓戸四神の御神威で、

穢れは無かった事に(笑)

これで禊は大方OKでしょう!

絵馬掛け。

徳川家の祈願所らしく

絵馬は上品な葵のデザインです。

御岩神社について。

案内全体を抜粋要約すると

以下になります。

「御岩神社の御祭神は、

国常立尊、大国主命、伊邪那美命。

「常陸国風土記」(713年)に、

太古よりこの賀毗禮の宮に

天つ神鎮まると記され、

「続日本後紀」「古語拾遺」等にも

記されている。

江戸期には

水戸藩の出羽三山として隆盛を極め、

境内には二十一の神社寺院があり

大きな霊地を形成していた。

水戸藩は、明暦三年二月十一日

奥宮である賀毗禮かびれ大神宮にて

王政復古修史編纂(大日本史)の祈願

「筆初めの儀」を行い、

次の誓歌を詠んでいる。

・國中にはこびる草根刈り絶ちて

君が千代田に返し奉らむ(徳川光圀)

・光圀の遺せる跡を吾れ訪えば

朝廷を守る証しなりけむ(徳川斉昭)

また、霊峰御岩山は、

古代より続く信仰の聖地で、

中世から近世にかけては、

修験の山として栄え、

山伏の修行や崇敬社などが

斎戒沐浴して登拝した。」

「大日本史」の正式名称が

「王政復古修史」とすると

その内容が、

より分かりやすいですですね!

幕末の天狗党の尊皇攘夷思想は、

ここから醸成されていったのでしょう。

杉並木の参道。

真新しい古札納所。

川向こうの愛宕神社に参拝。

御岩神社境内図。

灯された燈籠が

ちょっと幻想的な雰囲気を

醸し出しています。

そして、こちらに注目。

燈籠の足元に目立つ色の

賽銭箱らしきものが・・

お〜うさぎちゃんですね!

神使なんでしょうか・・?

御岩山の三本杉

少し行くと右手に御神木が見えてきます。

根本は一つで幹が三本。

歴史のオーラを感じる

御神木です。

川の流れと三本杉を動画で撮影。

「御岩山の三本杉」

「地上約三メートルのところから

三本の幹に分かれ、

それぞれが直立かつ均等に伸びています。

昔、この三叉の所に天狗が住み、

人々を驚かせていたという伝説から

「天狗杉」の異名を持ち、

樹齢五百年以上と推定されています。」

天狗党を思い出したら

次は天狗杉の登場です!

水戸藩(茨城県)と天狗さん、

切っても切れないご縁があるのかな(笑)

まさに霊験あらたか・・

そして、

ピーンと張って、

めっちゃ綺麗な注連縄だな・・

そう思っていると

案内がありました。

美しい注連縄は、

篤志家の方の奉納だそうで、

要約すると以下になります。

「此度は全ての事業経営を総括し、

神々に感謝するとともに

世の中の安寧を只管ひたすらに願い、

古代から伝わる

日本の伝統文化の精麻せいまを注連縄に奉製して

御神木三本杉に奉納するものである。」

ここに出てくる「精麻」なるものを

Wikipediaで調べると

「精麻(せいま)とは、

大麻の茎から取れた皮から表皮を取り除き、

靱皮部分を取り出したもの。

独特の光沢を持つ強靭な繊維で、

麻といえば、

かつてはこの精麻を指した。」

このように書かれています。

改めて注連縄を見ると確かに

「独特の光沢を持つ強靭な繊維」

という表現が、

よ〜く伝わってきますね!

篤志家の伝統製法へのこだわりが、

僕たちの心を動かしたのは、

間違いありません。

楼門

御神木と注連縄に感動した後は、

平成四年に再建された楼門(仁王門)へ。

仁王像が鎮座している事で、

神仏習合の昔を想起させてくれます。

楼門前の古杉の根本には、

新たな数本の杉が芽吹いています!

先ほどの御神木同様、

こちらも注連縄を巡らし、

ある意味御神木でしょう。

仁王像(阿形)

仁王像(吽形)

そして、

楼門真ん中の天井を見上げると・・

お〜なんか凄い!

朝日でしょうか?

気分が高揚して来ますね!

反対側の天井は月。

奉納札には、

「日天月天」と記されています。

御岩山霊場図。

これには案内もあります。

「当山御岩山は古来より

神々が棲む聖地として

崇められてきた霊山であります。

文献で初めて現れるのは、

713年編纂の「常陸國風土記」に

「かびれの高峰(御岩山の古称)に

天つ神静まる」と記され、

考古学においても、

それを裏付けるように、

古代縄文人が神々を祀る

祭祀遺跡等が発掘されております。

この霊場図は、

中世より修験の山として

栄えた名残ともいえるもので

当山縁起の

百八十八柱の神々がかかれており、

県下最大関東有数の

霊山であることがうかがえます。

平地と隔絶した霊気漂う聖なる神域、

御岩山はそういう特別な場所です。」

御岩山側から見た楼門。

ここからさらに奥へ。

(続く)

 

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