青葉城資料展示館(仙台市)前編

 

舐めていた(汗)

観光地によくある

それなりの施設かと

期待しないで入った

青葉城資料展示館ですが、

正直、完全に舐めていました(汗)

深掘りした展示と案内、

持ち帰り資料もふんだんに用意された上、

シアターなどでの

デジタル体験ができる資料館なのです。

こんな場所に出会ったのは、

長崎県の軍艦島デジタルミュージアム

以来の事かも知れません。

青葉城資料展示館は、

宮城縣護國神社さんが、

経営母体のようですが、

仙台城跡に護國神社があって

本当に良かったと心底感謝しています。

外観

宮城縣護國神社の

境内地(多分)の一部が、

青葉城資料展示館や

お土産屋さんとなっています。

資料館では

城跡のあちこちで、

櫓や御殿など往時の姿を体験できる

VRゴーグルなるものを

有料レンタルしていますが、

時間の無い僕たちは未体験です。

仙台七夕まつりの「七夕飾り」が、

気分を高揚させてくれますね。

入口は櫓門風。

700円の入場料が、

るーぷる仙台(循環バス)の

チケットを見せるだけで、

なんと500円に!

これも護國神社さんのご利益かも?(笑)

パンフレット(表側)

パンフレット(内側)

資料館内へ

500円に感動し(笑)

二階の展示場へ。

エスカレータで登城!

なんだかこの雰囲気、

軍艦島デジタルミュージアムの

エントランスと似ています。

ちなみにこちらが軍艦島の方です。

上って行くワクワク感も

共通していますよ(笑)

「ごあいさつ」

「仙台城、伊達家の研究と共に

CGを活用した見せ方を

日々進化させ、

平成十八年には、

文部科学省の登録博物館に認可された」

このように書かれています。

史料館内部風景。

基本、撮影OKというのも

来館者にとっては、

嬉しいおもてなしですね!

具足

具足の観覧からスタート。

代々藩主家系図。

伊達政宗画像と

戦国の三英傑、信長、秀吉、家康。

この四人の動向を時系列にまとめたのが、

次の年表です。

これは面白いですね!

伊達政宗が生まれた時、

織田信長は三十四歳、

豊臣秀吉は三十一歳、

徳川家康は二十六歳・・・

こんな年長の猛者たちが跋扈し、

多くの戦国大名が滅ぼされる中、

若輩だった政宗さんは、

よくぞ仙台藩62万石を

確立したものだと感心しますよ!

やはり相当な人物だったはずです。

伊達政宗画像の資料。

幼少の頃、天然痘で右目を失明し、

隻眼(せきがん)であったのに

伊達政宗の多くの画像が

双眼で描かれているのは、

相当に隻眼で苦しんだことと、

元は双眼で生まれたことを

両親に感謝する意味で、

双眼に描かせたのではと書かれています。

やはり政宗さんも人間・・・

人には想像できないほどの

苦しみがあったのでしょう・・

伊達政宗の自筆書状。

この資料によると

政宗さん、1000通以上の

自筆書状を出しています。

一般的に大名が書状を出す場合、

右筆(代筆する人)に書かせますが、

自筆が多い政宗さんだからこそ

常に最新の情報を得ることもでき、

結果、仙台藩主の座を獲得、

そして繁栄へと導けた一因かと思います。

政宗さんとは全く関係ないですが、

連合艦隊司令長官の山本五十六

相当な筆まめだったことを

思い出しました(笑)

そして次が、

次が青葉城資料展示館の

クライマックスの一つ、

「戦国の世にJIS規格導入」と

題された具足の展示です。

仙台藩の具足と他藩の具足を

並べて比較展示してあり、

いかに仙台藩の具足が優れたものかが、

一目瞭然で理解できます。

「仙台藩の具足」

案内を書き出すと

以下になります。

「政宗公の具足は、胴が黒漆塗りの

五枚の鉄板をはりあわせて

できていることから、

「黒漆五枚胴具足」という。

兜の前立は月(政宗公は弦月)を

かたどっており、

それらをのぞいてすべてを

黒でまとめている。

この様式は以降の藩主にも

受け継がれていった。」

そして仙台藩の具足の真骨頂、

「戦国JIS規格」を確認します。

胴の真ん中にピンクのマーカーがあり、

これは鉄砲の弾の跡を示しています。

これは持ち帰り用の

詳しいパンフレットです。

以下、案内を抜粋します。

「戦国の世にJIS規格導入

ー具足にみる政宗公の叡智ー」

「この具足の凹は戦闘によって

できたものではなく、

具足の製作時に実践に耐えられる

品質を備えているかどうか検査して

できた弾痕なのである。

至近距離から実弾を打ち込み、

衝撃に胴部の鉄板が

耐えられるかどうか試す検査であり、

この具足はこの検査を

通過したものである。

この検査は現在のJIS規格

(日本工業規格)と同様のものであり、

その意味でこの凹はいわば、

「戦国時代のJISマーク」といえよう。」

さすが伊達男でなく、実践男、

政宗さんですね!

御神仏。

源頼朝や徳川家康など、

多くの武将が持っていた護神仏。

政宗さんもかなり良いものを

持っていたようです。

領地の変遷

政宗さん、

領土拡大も頑張りました!

最大領地と仙台藩の領地が

パネル表示されています。

元の小藩から米沢72万石まで上り詰め、

秀吉の命令で国替なども経て、

江戸時代は仙台藩62万石となっています。

仙台藩の家臣配置図。

伊達政宗さんが

平和主義でもあったことの

案内が落ち帰り資料にあります。

戦をするのは、

平和を求める手段の一つですから

政宗さんの「勇猛果敢」というのは、

平和への「貪欲さ」に

他ならなかったのかも

知れませんね。

(続く)

 

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