荒穂神社(佐賀県基山町)

 

たまたま

思いがけず、偶然にという意味で、

「たまたま」という言葉を使います。

そんな「たまたま」が二つ重なったのが、

基肄城の帰り道、基山の裾野で、

「たまたま」見つけた荒神神社です。

これが、たまたまの一つ目。

そして、神社の御由緒を読んで、

二つ目のたまたまを見つけたのでした!

荒神神社へ

4時間に及ぶ、基肄城散策を終え、

帰途についた時、偶然大きな鳥居を発見。

道路脇に車を停めて、

鳥居の向こうを見ると、

立派な御社殿が見えるではないですか。

これは参拝するしかないと

すぐに神社へ向かいます。

階段を上るとそこは境内。

「荒穂宮」と書かれた神額。

江戸時代末期くらいの寄進のようです。

注連縄柱の向こうには

拝殿が見えて来ました。

が、

僕の目を奪ったのはこちらです。

樹齢440年と記されたクスノキ。

戦国末期から江戸時代に

誰かが植たものなのか、

たまたま種が飛んできたのか・・・

別の角度から撮影。

灯籠とのツーショットも映えますね!

大きさの比較写真も忘れません(笑)

クスノキに魅了されたあと、

ようやく参拝に向かいます。

御由緒。

日焼けして超健康的になっていますが、

文字は読めるので、問題はなし。

ここで、二つ目の「たまたま」を発見しました。

御由緒によると、

「祭神は古来諸説があるが

民俗学上の原初は

基肄山山頂の玉々石を盤座として

農業に恵みを与え、豊穣をもたらす、

自然神・産霊神で あると考えられる」

と書かれています。

玉々石?

そうか、あれか~!!

あれとは、基肄城(木山城)にあった

大きな石です。

大きな石が荒穂神社の原初でした。

これが「玉々石」という名前だったとは、

ここに来て、たまたま知りました(笑)

巨木に癒やされ、

玉々に驚き、

道草を食いまくりながらも

ようやく参拝です(笑)

珍しい二段式の手水鉢。

参拝。

御由緒によると

「拝殿は文政二年 (1819年)の建立」

と書かれています。

本殿。

御由緒には、

「神殿・中殿は

安政五年(1858年)の改建」

と書かれていました。

拝殿、本殿ともに綺麗に保たれていて、

素晴らしい景観となっています。

境内社。

石祠。

「伝説の石」

伝説の石の言われが

書かれていましたので、原文のまま

書いてみます。

「右、子宝石

この石に腰を掛け祈願すると

子が授かると言ます

中、荒穂の神と高良の神の投合

された石と伝えられ石の上部

に指の跡形がついてゐます

荒穂の神の投げた石は高良の

神の神殿下に有る言ます

左、荒穂の神の馬が基山の頂上より

飛降りた石と伝えられ

馬の蹄の跡形がついてゐます

この謂れが斎祭の起りと

伝え られてゐます」

指の跡形とか、馬の蹄の跡形とか、

確認するのを忘れていました(汗)

この石の反対側には

「覚恵上人修行の地」という石碑があり

その裏側には

お寺の創建の理由が書かれています。

実は基肄城への行きがけに

瀧光徳寺というお寺に

多くの人が参拝しているのを

車内から見ていたのですが、

その開山のきかっけが、

荒穂神社だったと書かれています。

拝殿横の気になる木。

根っこが成長したような

クラゲか蛸の足のような(笑)

その隣にはまたもやオオクスが!

こちらも樹齢400年位上。

クスノキの遠景。

境内入ったところのクスノキと

ツーショットも撮影(笑)

御社殿の隣にある池。

池の中にいらっしゃる神様は、

多くの場合が、

市杵島姫命(弁天様)です。

水神様と祠(社)の神様。

池の中の島から見た御社殿。

石垣の古さがいい感じですね。

最後にツーショとで〆。

たまたま、見つけた神社で、

玉々も知れて、

やはりご縁は不思議なものと

改めて感じた荒穂神社参拝でした。

 

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