梶返天満宮(山口県宇部市)

 

由緒ある地名

梶返(かじかえし)天満宮の

案内を要約すると

「延喜元年(901)、

菅原道真公が九州太宰府へ流される途中、

三田尻港を出てまもなく

海上大暴風雨にあい、

梶返の辻地蔵岬に避難して

風のやむのを待った。

それが現在の社殿地である。

この地が梶返と呼ばれるのは

道真公が乗っておられた

船の舵を返したからだと言われている。

当時この付近は海岸であり入海であった。

福原越後元僴公もみずから参拝されて

和歌数首を詠んでいる。

太平洋戦争末期、爆撃で大半を焼失、

その後、昭和28年、

梶返東西部落外有志協力して再建。」

このようになります。

舵を返したから梶返。

実に御由緒ある地名ですね!

また、幕末、禁門の変の後、

長州藩存続の為、

一身に責任を負い切腹された

福原越後元僴公も参拝し

ここで和歌を詠んでいたとは・・・

なんだかこの旅、

福原越後元僴公の

足跡を知る旅になって来たような?(笑)

菅公御手洗の池

神社の駐車場の手前で、

こんな案内を見つけました。

「菅公御手洗(みたらい)の池 50m」

そんな近くならと

参拝前に行ってみる事に。

ちょっと迷ったけど無事到着。

玉垣も整備され、

思った以上に綺麗でした。

横参道

梶返天満宮の参道は

東西二ヶ所から入れる

横参道となっています。

嘉永三年(1850)寄進の

西側、一の鳥居。

参道を西から東へ。

東側、一の鳥居。

年代は不明ですが、

江戸時代の建立と思われます。

御社殿へ

横参道の真中から直角に折れ、

御社殿への参道へ。

二の鳥居。

大きなクスノキがそびえる境内。

西側の敷地が広いので、

真横からの遠景も撮影可能。

クスノキの巨木ぶりが

よく分かりますね。!

逆光の手水舎。

拝殿前の狛犬は、

文化十二年(1815)生まれ。

吽形。

天満宮ですから

牛さんもいらっしゃいます。

拝殿にて参拝。

拝殿と本殿。

境内社など

次に本殿の周辺の

石碑や境内社へ。

漢文で記された御由緒。

神祠。

石碑?塚?

「書写塚」や「天保」の文字が

かすかに見え、

古いものではありますが、

いったい何なのかは不明です。

庚申塔。

参拝の最後にいつもの写真で〆。

僕の頭で御社殿が

見えなくなっています(汗)。

 

  関連記事 - Related Posts -

 

  最新記事 - New Posts -

 

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください