高伝寺(佐賀市)本堂
タクシー
旅先でタクシーに乗ることは、
ほぼありません。
理由は、
地方だとレンタカー利用だし、
都市部ならば公共交通機関で、
ほぼ事足りるからです。
ここ佐賀市は、路線によって
バスの本数は限られるものの、
佐賀駅〜佐賀城周辺ならば、
バス移動で完結できる都市ですが、
高伝寺への移動だけは、
タクシーを使いました。

佐嘉神社前のバス停で、
時刻を確認するも
本数が少なく、タクシーを拾う事に。
程なくしてタクシーに乗車した途端、
何故かバスがやってきたのです(汗)
「時刻表見間違ったかな?」なんて
二人して疑問がわいたものの、
バス停降りてから
高伝寺まで歩く距離を考えると
かなり時間短縮出来るし、
やっぱここは、
タクシーが正解だったんだと
都合の良い理由づけをして、
自分たちを納得させていました(笑)
山門
タクシーは高伝寺山門前に到着。
まるでVIP待遇ですよ(笑)

門を一目見て、
龍造寺家への気遣いを感じます。
それは・・

鍋島家菩提寺なのに、
鍋島家の杏葉紋と龍造寺家の日足紋が
門の左右に並んでいるからです。
ただし屋根瓦は・・・

杏葉紋のみですね(笑)

「高伝寺案内」
以下、全文です。
「当山は旧藩主鍋島家菩提寺で
山号を恵日山といい曹洞禅宗
開基は鍋島駿河守清房公
(藩祖直茂の父君・剛意善金大居士)
天文十二年(1552)の創建
境内総地積一万余坪・本尊は薬師如来
仏殿の西裏約六反歩にわたる
龍造寺・鍋島両家の御墓所に立ち並ぶ
数百基に上る石燈籠、雄大な構築規模と
結構な諸堂宇のたたずまいは、
往時の藩政時代の雄図をしのばせるのに十分
中世戦国時代から幕末期に於ける
精神性は「武士道」に
代表されるものであるが、
当山に象徴される龍造寺、鍋島両家の
伝統に支えられた「葉隠」は
武士道思想の白眉として知られている。
陽春四月に公開される
「釈迦堂御開扉法要」は
このような肥前佐賀の歴史を
彷彿とさせるものである。
同時に公開される、
本邦最大を誇る大涅槃像
(縦八間・15.4m 幅三間半・8m)は
三代綱茂公御寄進」

境内の見所案内。
参道
山門をくぐり境内へ。

参道。

土塁っぽい土手に聳えるクスノキ。
その向こうには、
本堂の正面に繋がるであろう
勅使門っぽい門が見えていますが、
訪問時は気づかず見落としています(汗)

妻好みの枯れそうでいて、
元気な老木(クスノキ)。
推定樹齢は600年。

妻とのツーショット(笑)
幹を横から見ると、
斜め45度位なんですね。

鍋島藩祖直茂公350回大遠忌を記念して
昭和41年に建立された鐘楼。

池の中に佇む観音堂。

石橋を渡り観音堂へ。

「高伝寺39世の住職が、
明治17年四国三十三ヶ所の霊場を巡り、
それぞれの本尊仏を模刻させた仏像と、
各霊場の土を集めたものが祀ってある」
このように記されています。

参拝。

観音堂前から再び石橋を渡り山門へ。

こちらの山門は、二階建てで、
いわゆる楼門となっています。

門内の繊細な彫刻。
本堂
山門をくぐると本堂は目の前です。

本堂へ。

以下、左側の案内です。
「木造鍋島忠直坐像」
「鍋島忠直は、
佐賀2代藩主鍋島光茂の父で、
寛永12年(1635)に
わずか23歳で早世した。
忠直の側近であった江副金兵衛は
忠直の死後、高野山に身を隠し、
一心に主君忠直の像を彫った。
忠直の一周忌が高伝寺で催されているとき、
この像を背負って現れた金兵衛は、
光茂に献上し終えると当寺で殉死した。
光茂は、このような家臣の死を惜しみ、
当時、藩内で広く行われていた殉死に対し、
寛文2年(1662)に禁止令を発布した。
佐賀藩における禁止令は、
寛文3年(1663)に幕府が発布した
殉死禁止令の先駆をなすものとして
注目される。
この木造鍋島忠直坐像は、
肖像としての出来栄えとともに、
わが国における
殉死禁止の要因に係るものとして、
その歴史的価値が高く評価される。」
江副金兵衛さんも相当に凄い方ですが、
慕われていた主君の忠直さんも
相当な人物だったのでしょう。
でなければ、
佐賀→高野山で仏像制作→
佐賀に戻って藩主に献上→殉死、
こんなめんどくさい事などせず、
即、殉死していますからね・・・
次に右側の案内です。
「大涅槃像一幅」
「この涅槃像は、
紙本彩色で縦8間(14.4m)、
横3間半(6.3m)もある
巨大な画幅である。
佐賀藩3代藩主鍋島綱茂が、
京都在住の経師(表具師)
若井利左衛門の協力を得、
京都東福寺にある兆殿司筆のものを
模写させたものと伝えられている。
作者は不明である。
箱の蓋の裏には、
「宝永三年(1706)十月二十一日
京都室町通松原上ル高ノ辻町
経師若井利左衛門利久」と書かれた
紙がはられている。
おそらく涅槃像が完成した日付であろう。」
京都東福寺と言えば、
かの有名な(僕だけか?)
日本最古、室町時代のトイレ(東司)が
条件反射的に思い出されます(笑)
そして、やはり
高伝寺の「推し」は、
恐らく大涅槃像でしょう。

パンフにも写真があります。

拡大するとお釈迦様が入滅されて
横たわっているお姿が、
よく分かりますね。
なんか、
実物を見たくなりました(笑)

参拝。
本堂奥には、鍋島家、龍造寺家の
位牌所があり
見学させていだきました。
(撮影禁止です)
その時、
涅槃図を入れているであろう
巨大な「箱」が新旧二つありました。
箱だけでも相当に有り難さを感じ、
今でもその箱が脳裏に焼き付いています。
(妻は忘れたはず・・笑)