須波阿須疑神社(2017年福井の旅)(福井県池田町)

 

神様の名前が入った神社

須波阿須疑神社は、

「すわあづきじんじゃ」と読みます。

何度見ても難しい読み方で、

僕はいまだに覚えられません(笑)

「すわ」は諏訪のことで、

長野県の御柱(おんばしら)祭りで有名な

諏訪大社の御祭神でもある建御名方命

(たけみなかたのみこと)を祭っています。

「あづき」は小豆に通じていて、

大野手比売命(おほぬでひめのみこと)という

女神様が御祭神です。

古事記にも出て来る神様で、

古事記の一節を現代語にしたサイトには

「次に小豆島(しょうどしま)を

生みました。 これは大野手比売

(オオノデヒメ)といいます。」

このように出て来ますので、

瀬戸内海の小豆島自体が大野手比売という

名前となります。

そして、ここのメインの神様は、

倉稲魂命(うがのみたまのみこと)で、

いわゆるお稲荷様です。

神社名には稲荷とはつきませんが、

この地域では崇敬高い稲荷神社です。

なんか初っぱなから

珍しく御祭神の話しをしました(笑)

須波阿須疑神社へ

福井城を散策したあと、

ホテルフクイキャッスルを出発。

1時間ほどで、

福井県今立郡池田町稲荷に鎮座する

須波阿須疑神社に到着です。

地名が神社の御祭神の

「稲荷」になっているのを見ても

なるほど〜!やっぱりメインは

お稲荷さんだ〜と納得します(笑)

参道の前にある一里塚。

美濃・府中・今庄・福井街道への起点でもあり、

終点ともなった交通の要路がここ。

そして、参道の入口には、

お枕橋とよばれる反橋(石橋)があります。

龍の化身の大蛇がここを枕にして、

本殿まで達していたという伝説も

あるそうです。(出展は不明)

参道の両脇は杉並木。

途中、左側に

真新しい社殿がありました。

本殿を覆屋で囲ったタイプで、

どなたを祭ったものかは不明です。

楼門。

1850年の再興。

楼門の先には拝殿が見えてきます。

そして、この楼門の上部には、

こんな御神紋が描かれていました。

稲穂を三つ巴にしていますね!

稲荷らしい五穀豊穣を連想させる

素晴らしい御神紋に思わず

うっとりです(笑)

拝殿も杉林の中で、

素晴らしい雰囲気の場所です。

お手水は岩に流れ落ちる自然水。

山から流れてくる清水の

美味しさに身も心も清められたはず(笑)

注連縄は一直線。

福井県はこのタイプが多いのかも知れません。

素朴なデザインと、板壁の拝殿。

大正時代まではここで

能が奉納されていたそうで、

途絶えてしまった今でも、

能のお面がかけられています。

拝殿の御由緒。

元禄二年(1689年)の再建。

正面中央には一段高くなった

能舞台があると書かれており、

やはり能の奉納を続けてきた

神社ならではですね。

いつか一度ここで能の奉納を

再現して欲しいものです。

300年の歴史を誇る建物なのに

国指定重要文化財になっていないのは、

茅葺き屋根を昭和57年に

銅板屋根に換えてしまった

からかも知れません。

歴史的価値が高いにも関わらず、

維持費用を抑えるために、

価値ある建物の一部をこのように

してしまう事は多々あっています。

文化財を残すのには「お金」が不可欠。

だからこそ国からお金が出る、

国指定の重要文化財にならないと

先々残していくのも難しいようです…

それでも僕は、

能の奉納と茅葺き屋根の復活を願います。

拝殿全景。

拝殿横にある池。

ここは古代の磐境(かみがやどる場所)

だったそうです。

拝殿からさらに上には本殿があります。

石垣はかなり古いもので、

おそらく江戸時代以前では

ないでしょうか。

本殿の御由緒書きによると

延徳三年(1491年)越前守護

一乗谷城主、朝倉貞影の寄進で、

国指定重要文化財となっています。

1574年の一向一揆では、

この本殿以外、拝殿など全ての

建物は焼失しているそうで、

相当に「幸運」な本殿です!

500年ものあいだ、

ずっとここに建っている本殿。

回りは覆屋で囲まれていて、

風雪もかなり凌げたと

思われます。

神額には「縣社式内」と

書いてありますので、

これは明治に入って

架けられたものでしょう。

本殿。

扉が三つあって、

三柱の御祭神がいらっしゃるのが

よくわかります。

覆屋の外から見た本殿。

覆屋の基礎部分は

コンクリっぽいので、

覆屋は室町時代のものでは

ないかもしれませんね(汗)

稲荷の大杉へ

ここ須波阿須疑神社には、

木のそのものがご神体となった

大杉があります。

ここから大杉へ上っていくのですが、

その前に御由緒書きを抜粋します。

福井県指定の天然記念物で、

目通り(地上1.3m地点)

8.6m、樹齢は千数百年。

元正天皇の霊亀二年(716年)

倉稲魂命が山城(京都)より

当社大杉の梢に影向(ようごう)し給う。

要するに神様が大杉を神籬(すみか)

としたそうです。

だから逆算して樹齢は千数百年と

なっているのかも(笑)

まあ、とにかく行ってみました。

あまり人は通っていないようです。

道案内は完璧!

大杉に到着。

ここにも案内がありますが、

目通りは10mになっています。

僕たちが上ってくる間に、

太ったのかな?(笑)

こちらが神籬(ご神体)の大杉。

梯子が架けられているのは、

穴の中に何かがあるのか、

それとも入って何かをするのか?

もちろん神職さんしか

梯子は上れないはずです。

大杉の周辺がは狭く、

引きでの写真が撮れず、

大杉の全容が写せないので、

動画も撮影してみました。

僕が過去見て来た大杉からすると

樹齢は恐らく500年くらいかと…?

いや、神様が千数百年と言っているので、

そちらが正しいはずです!(笑)

大杉の周囲に咲いていたヤマフジ。

藤の花を見るといつも

藤棚を大切に育てていた

妻のおばあちゃんを思い出します。

まるでパブロフの犬状態(笑)

麓にはこんな社があります。

大杉まで行く体力が無い方へ

拝殿を作っているのでしょうか?

説明が無いので、

自由な発想で書いていますので、

間違っている可能性大かも?(笑)

今日の花

大杉に行く途中、見つけた花。

虫を食べる花みたいな形ですが、

なんか違うみたいです。

ウツボカズラではないし…

妻と二人して気になる花でした(笑)

 

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