筑波海軍航空隊記念館・地下戦闘指揮所
迷うもまた良し
今回訪問の8ヶ月前、
初めて行く
筑波海軍航空隊記念館の入口が
どこなのか分からず、
車で走っているうちに、
いつの間にか入口を通り過ぎてしまい、
行き止まりに突き当たったので、
仕方なくUターンして戻ろうとした時、
偶然にも「地下戦闘指揮所」と記された
案内板を発見したのです、
それを見た妻は、
「ここ行きたい!!」
興奮気味に反応していました(笑)
その瞬間、僕の心の中では、
2回目の訪問が、
決まっていたのでしょう。
結果として、
道に迷った事で、偶然にも
地下戦闘指揮所との有難〜いご縁を
いただくことになったのですから
「迷うもまた良し」かな?(笑)
チケット&パンフレット
チケットのデザイン、
めっちゃカッコいいのです!

零戦のロゴもテンション上がります!
300円(令和7年12月現在)で、
こんな場所を観覧出来るとは、
正直、感謝しかありません!

パンフレット(表側)。

パンフレット(内側)。
いくつかを書き出すと
以下になります。
「地下戦闘指揮所」
「1945(昭和20)年2月に出来た
地下要塞です。
昭和20年2月28日付の
筑波海軍航空隊戦闘詳報
(第3号)によると、
戦況が悪化し、筑波海軍航空隊に
本土防衛を目的とした
戦闘機隊基地の役割が
課せられるようになった際、
基地全体の要塞化と共に
本史跡「地下戦闘指揮所」が
建設されました。
全長約3Kmにも及ぶ基地内外の地下通路も
この時期に完備されたと
考えられています。」

■地下トンネル(地下排水路)
庁舎と地下戦闘指揮所付近を結ぶ
幅1.2mの地下トンネル(地下排水路)は
有事の際の脱出路を兼ねていましたが、
全長2.2Kmのうち約半分が当時のまま
残っています。
■基地内部地下通路
終戦間際、昭和20年に入り
戦闘機隊基地の要塞化の急務の一環として
基地内に張り巡らされた地下通路です。
司令部庁舎をはじめ敷地内の各施設を繋ぎ、
最終的には2.2Kmの
地下トンネルをへ向け、敷地外に抜けます。
地上面にはたくさんの
通気口が遺っています。
東京大学吉武研究所・
友部病院建設図面によると、
昭和35年の改修の際に基地内部地下通路は
配管用ピットとして再利用されました。
また、司令部庁舎の裏庭には大規模な
防空壕があったとされています。」
これで概略はOKでしょう!

素晴らしく懇切丁寧な地図。
筑波海軍航空隊記念館、
随所に優しさを感じられ、
ホントに癒されます。
地下戦闘指揮所
ここからは現場の説明と共に、
上記パンフの詳しい案内から
抜粋していきます。

地下戦闘指揮所駐車場に到着。
ここで一旦入口方面へ戻ります。

8ヶ月前の「現場」(笑)

古墳に幟が立っているみたい?(笑)

出入口前に到着。

地下戦闘指揮所見取り図。
■地下の構造
もともと平地だった場所に、
プールのように約2mの穴を掘り、
木枠を組み太い鉄筋を配して
コンクリートの部屋を作った上に
河原の石や稲田の砂利などを混ぜた土で挟み
強度を上げ、更にコンクリートで補強した
二重構造の頑丈な建築物です。
この地下戦闘指揮所の鉄筋を作った
筑波海軍航空隊御用達の
刀鍛冶職人・故米川清さんによると、
ラバウル方式と呼ばれる工法で、
夜間は煌々と光をたき、
昼夜を問わず工事が進められたそうです。
上には土を盛り、植栽などの
カモフラージュを施した
完全に人工の小山です。
内部は各部屋が少し高くなり
コンクリート床の造りで、
通路が低く土になっています。
雨水などが通路に流れ、
染み込む様な造りになっています。」

右から入って、
左から出るのが順序です。

いざ地下戦闘指揮所内へ。

時代背景を考えれば、心は重く、
それを度外視すれば、
心は弾むという相反する気持ちに。

「北側通路」
「約30m程の通路が南北に2本あり、
当時は通路の両端4箇所が出入口でした、
現在は2箇所です。」

大部屋へ。

大部屋(1)の全景。

「大部屋(1)」
「2本の通路の間に、
コンクリートで出来た部屋が5部屋あり、
出入り口には木製の扉が
付いていたようです。
その中のひとつで、
作戦会議等に使われたと思われる
大きな部屋には、
鉄の二段ベットが置いてあったと
戦後中に入った近所の方が
証言しています。」

部屋の温度は11.5度。

南北の通路とともに、
部屋を串刺しにするような(笑)
東西に繋ぐ出入口もあります。

小部屋(1)。

「小部屋(1)」
「2本の通路の間に、
コンクリートで出来た大きな部屋を挟んで
3つの小部屋があります。
士官室や倉庫・仮眠室等に
使われたと思われる
小さな部屋のひとつで、
部屋の奥には棚を取付けていたと思われる
柱の穴が残っていたり、
天井からまっすぐに伸びた穴では、
空が見えています。」

南側の通路。

通路と部屋の壁は、
こんなに分厚いのですよ!

「南側通路」
「この先、南側に通信室があり、
真っすぐに進むと出口です。
この地下要塞は、本州に残る
旧海軍の地下施設としては、
単独の構造物で最大級の
複雑なものとなります。」

小部屋(2)

大部屋(1)と
大部屋(2)の間に挟まれた
小部屋ですね。

大部屋(2)。
大部屋(2)とは、
あまり関係しない説明ですが(笑)
興味をひくものなので書き出します。
「この地下要塞の近隣には、
土嚢を盛った大型機用の掩体壕
(零式輸送機/ダグラスDC -3を
隠した壕)や戦闘機用の掩体壕、
また防空壕などが設置され、
現在は非公開の
地下応急治療所(地下病院)なども
建設されていました。」

小部屋(3)。
ここでの注目は「穴」です(笑)

妻が見上げる先は・・・

空〜!
■壁や天井の穴
部屋の中には
いろいろな穴が開いています。
ケーブル孔は四角く長細い穴が
外まで垂直に繋がっています。
通気口は、丸く大きな穴で、
雨を直接通さない様に
途中で曲がっています。
空が見える煙突のような穴は、
排煙を目的にしたものと、
地上の櫓とのやりとりの為のものと
伝わっています。」

案内によれば、
「排煙目的か
地上の櫓とのやりとりの為」
このどちらかの穴になりますね。
それにして八角形にした意味は、
何でしょうか?
お寺の八角堂の様に、
縁起の良さを考えたのかも
知れません(勝手な推測)。


「通信室」
「部屋の奥には
発電機や通信機・配電盤などが
置いてありました。
今でも台座や金具の跡が残っています。
電気も完備され白い陶器製のソケットで
固定されていました。
用途の重要性が高い部屋であり、
振動や騒音、臭いを発する発電機が
設置されていた事もあり
他の部屋から独立して設置されています。」

ここに通信機があったのでしょう・・

ここで妻、敬礼!

出口へ。

チーショット完了。
次は目の前にある
零戦二一型のレプリカへと向かいます。
(続く)