餘慶寺(岡山県・邑久町)

 

幸運

餘慶寺(よけいじ)のサイトによると

「政府が明治維新のもと

神仏分離を言い渡す約200年前に、

上寺山では備前岡山藩主

池田光政公による寺院整理が行われ、

この時すでに餘慶寺と豊原北島神社とを

はっきり区別していた。

そのため政府による強引な

廃仏毀釈の影響を大きく受けず、

7院2坊から、6院を残す運びとなり、

現在に至っている。」

このように書かれています。

地域によっては、廃仏毀釈の為、

伽藍や仏像などを壊され、

多くの寺院が、

跡形もなく無くなっていますが、

餘慶寺の場合、このような経緯もあって、

江戸時代と変わらない風景が

広がっているのです。

恐らく池田公の寺院整理に対しては、

多くの抵抗もあったでしょうが、

結果的には、

神仏習合の良い面も残されているし、

お寺としては、

幸運だったのかも知れませんね。

餘慶寺へ

同じ瀬戸内市の木鍋八幡宮から

車で15分ほどで、餘慶寺に到着。

餘慶寺と豊原北島神社を含む、

上寺の森案内図。

左奥に見えてる白い車は、

今回の相棒、日産マーチです。

少し歩くと、

いきなり素晴らしい伽藍が、

惜しげもなく(笑)出現。

餘慶寺境内案内図。

優しい色使いと、

親しみやすいタッチで、

歓迎ムードいっぱいです。

鐘楼

伽藍巡りの最初は鐘楼です。

鐘楼と、その中に吊るされた

梵鐘についての案内を要約すると、

「鐘楼は嘉永三年(1850年)の再建」

梵鐘は、

「銘文によれば、

戦国時代の元亀二年(1571年)、

明人(中国人)が、

豊後国大分郡府中(現大分市)の

惣道場に寄進したものである。」

「豊後高田を拠点とした

高田鋳物師の作である可能性が高い」

「九州に遠征した宇喜多秀家軍が、

戦利品として持ち帰り、

餘慶寺に寄進したものと伝えられる。」

このように書かれています。

今では「昭和の町」として人気の

豊後高田にそんな集団がいたとは、

初めて知りました。

地蔵堂

次は、鐘楼右隣の地蔵堂へ。

地蔵堂。

案内。

本尊は、地蔵菩薩。

その地蔵菩薩の化身と言われる

十王も合わせて祀られています。

地蔵堂の外から中の十王を撮影。

格子の隙間から覗き見るような

僕の影も写っていますね。

そしてその後、

「あ~これ見て!」

と、妻の雄叫びが(笑)

なんと、地蔵堂の案内の

「菩薩」の文字横に、

ハエちゃん(虻?)が止まっていたのです。

お地蔵様を大切にしていた

妻のおばあちゃんの化身が

来てくれたのでしょう!

餘慶寺本堂(観音堂)

次に国指定重要文化財の

本堂(観音堂)へ。

唐破風の庇と、両翼の軒の長さで、

スマートでかなりカッコいい本堂です。

「餘慶寺」と彫られた手水鉢。

側面には、

「寶曆四甲戌閏二月十八日」の文字。

西暦だと1754年の寄進です。

左右の燈籠は、

文化十四年(1817年)の寄進。

参道左側の燈籠。

本堂を斜め左から撮影。

案内。

「棟札によると

永禄十三年(1570年)に建立、

正徳四年(1714年)に

再建されたもの」

このように書かれています。

本堂(観音堂)に参拝。

三重塔

次に本堂右側に建つ三重塔へ。

本堂から見た三重塔。

一階部分が高く、足長に見え、

なかなかのイケメンですね。

案内。

草井幸右衛門という方が、

私財を投じて文化十二年

(1815年)に完成しています。

「両界マンダラ三重塔巡り」

東西南北四箇所の「蓮台石」に乗り、

大日如来に向かい

お祈りするというもので、

ここ餘慶寺と西大寺の

二カ寺で完成と書かれています。

ここの蓮台石だけが六角形。

正面は丸。

ここも丸。

ここで四方からの参拝は完了。

西大寺は行けないので、

ご利益は半分くらいかな?(笑)

境内社

餘慶寺はお寺ではありますが、

「境内社」が二社あります。

薬師堂向かって左側がその境内社。

お寺の中に鎮座する神社。

二つの鳥居はどちらも

天保十四年(1843年)建立です。

案内。

右が日吉社、左が愛宕社。

日吉社は、

お寺の鎮守社としての位置づけで、

ここに書かれている、

比叡山延暦寺の日吉大社や、

東大寺の手向山八幡宮、

薬師寺の休ヶ岡八幡宮的な存在ですね。

ここには今もなお神仏習合が

息づいていました。

両社に参拝。

薬師堂

次にお社の隣、薬師堂へ。

薬師堂正面。

案内。

享保十九年(1734年)の

再建棟札が現存と書かれています。

参拝。

こんなものがあります!

餘慶寺のサイトのご挨拶の一部に、

「餘慶の語源は「積善の家、必ず餘慶あり、

不積善ふせきぜんの家、必ず餘殃よおうあり」という

易経えききょう」の文句に由来します。

お参りされた方、

皆様に善きことを積んでいただき、

餘慶を得て日々の活力としていただける

お寺であり続けたいと思います。」

このように書かれていますが、

まさに、こんなに親切にされると、

活力が湧きまくりますね!

あっ、その前に僕自身、

「善きことを積んで」というのが

重要かな?(笑)

最後に薬師堂から伽藍を一望。

何とも心安らぐ光景です。

 

  関連記事 - Related Posts -

 

  最新記事 - New Posts -

 

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください