2020/06/26

光雲神社(福岡市中央区)

 

神社名は法名の一字

光雲(てるも)神社は、

御祭神である

黒田官兵衛(孝高)の法名、

龍光院殿の「光」と

嫡男、黒田長政の法名、

興雲院殿の「雲」を一字づつとって

「光雲」とし、それを神社名としています。

神社なのに仏教の法名の

一部が名前になったとは、

ちょっと不思議でもありますが、

御祭神の二柱は、

表向きには棄教したとは言え、

元々はキリシタン大名だったという事で、

しかも官兵衛については、

キリスト式の葬儀も行っていたという

逸話もあるくらいですから

なおさら興味深いものがあります。

神も仏もキリストも

み~んな仲良く出来る場所、

それが光雲神社なんでしょう!

参道

桜の名所で有名な「西公園」の一角が、

光雲神社の境内になっています。

したがって、西公園に行く道が、

そのまま参道というわけです。

一の鳥居。

この道を上って行くと、

正面に光雲神社が鎮座しています。

最後の石段。

社頭

Wikipediaによると

「明治42年(1909年)に

現在地の西公園に再移転、遷座した。」

「この地は元々、2代福岡藩主、

黒田忠之が建立した

荒戸山東照宮(中略)があった。」

と書かれています。

東照宮と言えば、

徳川家康を祭る神社ですが、

明治42年頃には徳川家康に

気を遣うよりも(笑)、

地元の藩祖を敬う

庶民の気持ちの方が

勝っていたのかも知れませんね。

明治八年建立、二の鳥居。

笠木と島木の構造は、

肥前鳥居と同じ三分割方式です。

社号標。

案内。

光雲神社縁起。

境内の見所

境内に入るとすぐ右手にあるのが、

「水牛の兜の像」です。

黒田長政が愛用したと言われる

兜を銅像にしています。

水が滴るので、

手水鉢と間違えそうですが(笑)

裏面を見てみると、

なんと奉納されたのは、

黒田二十四騎のうちの一人、

福島正則が豊臣秀吉から

拝領した「日本号」という槍を

大酒を飲み干すことで、手に入れた

母里友信(もり とものぶ)の

子孫の方です。

そして、ここには、

その母里友信の銅像もあります。

大槍の日本号と盃を持った母里友信。

こちらは以前、

福岡市博物館で見た日本号の実物。

話は銅像に戻ります。

こちらも同じ母里友信の子孫の方が

奉納されています。

そして、題字は、

黒田家の子孫の方のようで、

江戸時代から現代にまで、

繋がる主君と家臣の絆に、

ちょっと感動してしまいます。

筑前今様歌碑。

関ヶ原の前哨戦、

合渡川での黒田長政の

奮戦ぶりを読んだものだそうで、

明治21年に建立されています。

御社殿へ

見所が多すぎて(笑)

参拝は、後回しになってしまいました。

拝殿へ。

拝殿両脇には、中側から

おみくじ、狛犬、燈籠が、

一直線に並んでいます。

拝殿側から撮ると、

両脇全部が見えます。

その中の狛犬が、

ちょっと珍しいポーズなのです。

阿形。

体は参道を向いていますが、

顔はそっぽを向いていますね!

まるで花札の「紅葉の鹿」の

鹿のポーズように。

「無視」するという意味で

使われている「しかと」するの、

語源は「紅葉の鹿」の

そっぽを向いた図案から

来ているそうですが、

この狛犬も「しかと」しています(笑)

吽形も同じくそっぽを向いています。

このポーズになにか

作者の思いとか、

深い意味があるのでしょうか・・・

謎です。

奉納は炭鉱などで材を成した、

貴族院議員の麻生太吉で、

その孫の、麻生太賀吉が復元と

書かれています。

ちなみに、太賀吉の長男が、

現副総理の麻生太郎です。

燈籠。

左側の燈籠。

この奥に鳥居と

御社殿が見えています・・・。

僕が気づかなかった境内社です(汗)

拝殿内へ。

賽銭函にはある仕掛けが・・・

賽銭(硬貨)を入れると同時に、

天上の鶴が鳴きます!!

知らない人はビックリするでしょうね。

こんな神社は、かなりレアかも(笑)

本殿前には「黒田武士」の酒樽。

ここに置くのはこれしか無いでしょう!

本殿。

ここでツーショット。

境内社など

本社の後は、境内社へ。

本殿向かって右側の荒津神社。

この案内には

鳥居の柱に刻まれた文字の

詳細が書かれています。

左側 「天明三年癸卯夏六月十五日」

右側 「筑前国主 源姓賜

松平氏 黒田長暠建立」

このように書かれていますので、

1783年の奉納です。

また、

「荒戸山東照宮がこの地に

あった頃に作られたと考えられています」

と書かれていますので、

東照宮の鳥居の一つ

だったのかも知れません。

参拝。

右側の石祠にも参拝。

「底曳網漁船殉難者慰霊碑」

これで、光雲神社の参拝は完了です。

 

  関連記事 - Related Posts -

 

  最新記事 - New Posts -

 

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください