阿弥陀寺(防府市)地蔵堂・仁王門
「心の声」
阿弥陀寺訪問を決めたのは、
旅の10日ほど前に見たYouTubeです。
今回の旅のメインは、
防府市桑山の大楽寺や、
野村望東尼の足跡を辿るのが、
旅の主目的でした。
そして、その後の時間は、
以前から気になっていた
毛利氏庭園・毛利博物館への訪問を
おぼろげながら決めていたのですが、
今回に関しては、
心底行きたいという気持ちがなく(笑)、
阿弥陀寺に変更できたのはラッキーでした。
何事に対しても、
「心の声」を素直に聞き、
「本当は自分がどうしたいのか」を
最優先にしてから、
何かと上手くいく気がしています(笑)
門前
大楽寺から防府市の北西に向かい、
車で10分ほど走ると、
こんな風景が見えてきます。

のどかで気持ちいい〜!
ここから阿弥陀寺までは、
ほんの数分です。

阿弥陀寺の駐車場に到着。

境内入口。

喜捨箱に一人200円を投入。
「喜捨」ですから
もちろん、「喜んで」
入れさせていただいています(笑)
三日月地蔵
境内入口手前には
地蔵堂があります。

「県内最古 地蔵菩薩」
最古に釣られてお堂内へ(笑)

以下、案内です。
「三日月地蔵
(防府市指定有形文化財:
石造地蔵菩薩半跏像)」
「向かって左から二番目の
お地蔵様を御覧ください。
頭光の上部のほぼ半分を欠損し、
三日月形に見えるため、
三日月地蔵と呼ばれています。
背面に「永和二年(1376)と
紀年銘が陰刻されており、
制作年号がはっきりしている石仏としては
県内で最も古いものです。
いつの頃か、
女性の諸病快癒に霊験があるとされ、
祈願の際には
こんにゃくを供える風習があります。
地蔵菩薩は、
大地の恵みを神格化した菩薩であり、
末法思想と結び付いて
戦乱の平安時代末期
(藤原時代末期)頃から広まりました。
江戸時代の記録によると、
東大寺別院阿弥陀寺の地蔵堂の本尊でした。
総高72.4cm、頭光・岩座を含めて
砂岩の一材から掘出しています。
御利益:女性の臍から下の諸病が治る」

六地蔵ならぬ五地蔵。

左端のお地蔵様に参拝。

こちらが主役の三日月地蔵。
確かに頭光の上部のほぼ半分が
欠損しています。
どちらかと言えば、
「三日月」というよりも
「半月」に見えますが、
語呂としては「半月地蔵」より。
「三日月地蔵」が良いですよね!

三日月地蔵の右隣のお地蔵様。

その右隣のお地蔵様は、
おにぎり?(笑)を持ってます。

右端のお地蔵様にお参り。
仁王門
ようやく参道を歩き始めます。

「東大寺別院 周防阿弥陀寺」
以下、全文です。
「周防国租をもって
奈良東大寺再建の命を受け、
佐波川上流地方の巨材を採伐し、
その使命を果たした
当時の大徳造東大寺勧進兼周防国司職、
俊乗房重源上人が後白河法皇の
現世安穏祈願のために建立したもので
文治三年(1187年)開発、
建久八年(1193年)竣工
その後文明年間まで約三百年の間、
住職はいずれも勅命をもって拝任、
周防国務管理を兼ねていたという
県下きっての由緒ある名刹である。
国宝、鉄宝塔・重要文化財、
重源上人自作と伝えられる
座像・東大寺再建の用材に押した
槌印(国威と称する)
阿弥陀寺領田畠注文免除状一巻、
金剛力士立像二躯が所蔵されている。」

石橋。

仁王門。
パンフレットによれば、
「往古の門は、
永禄八年(1565)破壊して、
百二十年間再興なく、貞享二年(1685)
毛利就信公が、
原型にならって再興されました。
(市重要文化財)」
このように記されています。
仁王門が破壊された永禄八年と言えば、
室町幕府十三代将軍、
足利義輝が三好三人衆などに
暗殺された年ですから戦国真っ只中、
阿弥陀寺も戦場になっていたのかも
知れません・・・

斜めからだとさらに素敵です。

仁王門内へ。
その前に仁王像の
案内を書き出してみます。

「国指定重要文化財
木造金剛力士立像 二躯
指定 昭和三十一年六月二十八日」
「金剛力士(仁王)像は、
寺門の左右に立ち仏法の守護にあたる像で、
邪悪なものが寺域に入らないようにする
忿怒の表情を浮かべています。
阿形と吽形の金剛力士像は
一体の像の分身とされ、
「阿」が字音の最初で
「吽」が字音の最後である事から、
物事の陰陽や始まりと
終わりをあらわしています。
この金剛力士像は向かって右側が
口を開けた形の阿形、
左側が口を閉じた形の吽形です。
共にヒノキの寄木造りで、
内刳りが施されています。
像高は阿形が270.0cm。
吽形が275.1cm。
二体とも上半身裸体で、
腰に裳を折り返して着けています。
頭頂部には髻(もとど利)があり、
ともに顔は太い眉を寄せ、
目は玉眼で大きく見開いています。
阿形は右足を踏み出し
腰を捻らせて左側を向き、
吽形は左足を踏み出し
腰を捻らせて正面を向いています。
阿形と吽形では口の開閉以外にも
鳩尾付近の筋肉や、
裳の裾においても
異なった表現がなされています。
隆々たる筋骨をはじめとする
力量感あふれた雄健な表現は、
鎌倉初期彫刻の特色を
遺憾なく発揮しており、
地方では珍しい傑作で、運慶、快慶の一派
いわゆる慶派に属する人による作品です。
制作時期は
鎌倉時代初期と考えられています。
なお阿形の髻の枘に
応安二年(1369)の修理銘があります。
最近では、昭和三十三年度に
保存修理が行われています。」

阿形。

お顔アップ。

案内板。

この角度、カッコいい!

吽形。

お顔アップ。

案内板。

つま先まで神経が行き届いた
素晴らしい作品ですね!
(続く)