知覧特攻平和会館(鹿児島県知覧町)

 

戦争があっての平和

「知覧」(ちらん)という地名を

耳にするたび、言葉にするたび、

特別な気持ちになります。

大東亜戦争末期、多くの特攻隊員が

沖縄のアメリカ艦隊を撃沈すべく

まなじりを決して

飛び立って行った町、知覧。

家族を、日本を守るため、

自分の命と引き換えに

敵艦船と刺し違えるという

崇高な任務を果たされた英霊たち。

特攻なんて無駄死にだったとか、

あんなの作戦じゃなく、

ただの破れかぶれだという批判も

多くあります…

ただ、人を兵器にしてしまうような

惨い命令を出した軍の上層部は

大いに批判に値しますが、

その無謀で残酷な命令に従い、

立派に任務を果たした

若者が沢山いたという

事実だけを見つめれば、

その尊い命が散ったことは、

決して無駄ではないし、

その精神は永遠に日本を

守っていくものでしょう。

今回は、

そんな知覧の特攻基地跡にある

知覧特攻平和会館の訪問記です。

知覧特攻平和会館へ

指宿市のお隣、

南九州市にある知覧町。

この前に巡った枚聞神社からは

車で15分くらいのご近所です。

参道っぽいエントランスの向こうに

会館の建物が見えます。

平和会館の前には、

飛行機を想像させる植え込みが。

きっと鎮魂の意味も

含まれているのでしょう。

館内はロビー部分以外は

全てが撮影禁止となっています。

特攻隊員の遺書が

多く展示されていることを思えば、

静かに読ませていただき、

鎮魂の気持ちと、平和を思うのが、

当たり前でしょう。

写真などはやはり

不謹慎ですよね。

ホールでは知覧基地の

案内ビデオが流れていて、

これがなかなか秀逸な

出来映えなので、

これを見て館内に入るのが

分かり易いと思います。

そして、こんな案内が。

藤城誠治氏の作品、

「平和の世界へ」の説明と写真。

藤城氏は、

この知覧特攻平和会館に訪れ、

その時、特攻で亡くなった友人の遺書を

発見されたそうです…

Wikipediaで調べると、

この方「ケロヨン」の生みの親で、

経歴も凄い方です。

そんな説明から見上げると、

こんな作品が…

これを描いた時、藤城氏は92歳。

それだけでも凄過ぎる、

素晴らしい作品ですね。

知覧特攻平和会館の参道が

滑走路みたいに見えて、

その先には開聞岳がそびえています。

しかも開聞岳の上には、

特攻機とともに

多くの赤トンボが飛んでいるのです。

ここに来る途中、

開聞岳の展望スポットで撮影した

開聞岳に赤トンボ」が

写った写真と重なってしまい,

泣きそうな気持ちになります…

館内では遺書やビデオ、

飛行機などを見学、

閉館時間が迫っていたので、

かなり割愛した見学でしたが、

心に残るものが多く、

また改めて来たい場所になりました。

外に出ると、すぐそばには、

いくつかの見どころがあります。

まずは、三角兵舎。

特攻隊員たちは、

敵から発見されないよう

竪穴式住居のような兵舎で

特攻の日を待ったそうです。

出撃の前の夜、特攻隊員たちは、

何を思っていたのでしょうか。

やはり一番は

「お母ちゃん」の事でしょうね…

いくつかの書物にも

書いてありましたが、

敵艦に突っ込む直前、

機上での今生最後の言葉は、

「天皇陛下万歳!」ではなく

「おかあさ〜ん!」が多かった

そうですから。

反対から見た三角兵舎。

かなり地中に埋まっているのが、

良くわかります。

次は、知覧町護國神社に参拝します。

参道入口。

途中にある平和の鐘。

妻も心を込めて撞いていました。

参道の両脇には無数の灯篭が。

拝殿。

参拝。

隣のお寺の敷地から撮影した

拝殿と、本殿。

参拝が終ると、

今度はそのお寺(観音堂)へ向かいます。

知覧特攻平和観音について。

案内によると

法隆寺の夢殿の「夢ちがい観音像」を

特別の許可のもと謹鋳されたもので、

胎内には特攻隊員の芳名を記した

巻物が奉斎されています。

観音堂へ向かいます。

参拝。

先ほどの案内と同じような

内容が改めて書いてあり、

とても親切な観音堂です。

神社とお寺、どちらも

日本人にとっては精神的な

支柱となるもので、

ここ知覧には仲良く並んで、

鎮座しているのが、印象的でした。

今日の心に残る言葉

「ホタル」

これは特攻平和館の参道横に

あった「ホタル」と書かれた石碑です。

僕たちが、館内でたまたま見たビデオで、

特攻隊のお世話をしていた旅館や

食堂の女性の話が流れていました。

その話の一つに心打たれました。

〜〜女性の話〜〜

○○さんは特攻の前日、

「またここに戻って来るから」

そう言いました。

女性が不思議に思って、

「どうやって戻るの?」

そう聞くと、

「ホタルになって戻るから」

そう言ったのです。

翌日彼は飛び立ち散華されました。

そして、

その夜、私のもとに

どこからともなく

一匹の大きなホタルが

飛んで来たのです…

そのホタルを囲み、残った戦友たちが、

同期の桜など軍歌を歌いました。

そして、ホタルはいつの間には、

どこかえ消えたのです。

〜〜話終わり〜〜

僕も妻も胸が熱くなり

涙が込み上げてきました…

ホタルか…

映画、「永遠のゼロ」で流れていた

サザンオールスターズの

「蛍」という曲、

もしかしたら作詞作曲した

桑田佳祐さんは

ここ知覧で見聞きしたのかも

知れないと思ってしまったり、

僕たちの亡くなった

長男の事を考えたり、

色んな思いが溢れて来ました…

たまたまこんなお話を聞けた

奇跡に感謝しています。

 

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