猿島探検/兵舎・弾薬庫

 

探検

無人島の猿島の魅力、

それは、

明治時代のレンガ造の構造物、

昭和時代の高角砲台跡、

そして、海を隔てて見える、

富士山などの雄大な自然、

東京スカイツリーに代表される

都会の景色です。

こんな贅沢時間が過ごせる無人島が、

東京湾にあるのですよ!

これは奇跡かも知れません(笑)

そんな猿島の散策は、

まるで探検するかのような気分で、

どこへ行ってもワクワク感満載です。

ということで、

表題は「猿島散策」ではなく、

「猿島探検」としています(笑)

ポテト&富士山

猿島に上陸した時、

心は満たされているものの

お腹はペコペコでした(笑)

空っぽのお腹で(笑)

猿島の海岸から

船着場と富士山のある景色を堪能。

波の音と富士山、

贅沢すぎる時間だ〜!

が、しかし、

僕たちのお腹はグーグーと

正直な反応をしています(笑)

そこで海の前の売店で購入したのが

こんなものでした。

カレー風味のポテト。

これがめっちゃ美味いのですよ!

しかも海&富士山ビューですから、

お味もマシマシです!

ポテトで満足、

富士山で大満足、

なんだか猿島から帰るみたいな

書き出しになりました(笑)

専門ガイドツアー

事前情報では知っていましたが、

猿島では普段は入れない場所も

散策可能なガイドツアーがあります。

ガイドツアー御一行様集合中。

揚弾井などのレア物が見られる

超魅力的なツアーですが、

僕たちは時間的な余裕がないので、

「自由探検」としました(笑)

発電所

はじめに、

120年間、現役で使われている

発電所へと向かいます。

発電所は島の南部です。

お〜いきなりテンション上がるわ〜!

薄い上塗りの下に見えるレンガは、

フランス積みかイギリス積みか、

判断しかねますね・・・

そして、

何故レンガに上塗りしたのか?

猿島の専門ガイド協会のサイトによると

次のように記されています。

「発電所は東京湾に侵入してきた

敵艦からは見えない位置にある。

でも、航空機が登場すると、

赤いレンガは空から見て目立つので

カモフラージュに塗ったのでしょう。

記録はないが、

それ以外には考えられない」

横須賀市の歴史を調べている人は

そんな推理をしていました。」

なるほど〜!

これで間違いないでしょう。

明治から令和にまで繋がった

全国でも稀有な発電所、

末永く現役でいて欲しいものです。

切通し

発電所から少し行くと

いきなり探検ゾーンが始まります。

トンネルのようですが、

ここからは切通しです。

地層に感動する妻。

僕はそこまでは興味なし(笑)

お〜これはめっちゃ凄い!

もはやラピュタの世界ですよ。

「猿島砲台跡」と題された案内には、

「明治時代に建設された陸軍要塞で、

島の外から見えぬように、

岩盤を掘り込み、

塁道・隧道で各所をつないでいる。

島の内側にある塁道・隧道には、

兵舎、弾薬庫、厠(トイレ)などが

配置された。

切通しの塁道、東壁の上方に

砲座などと連絡する高塁道などがあり、

24cm加農砲が配備された。

その後の改編で確認できる遺構は少なく、

これらは猿島の豊な自然に埋もれている。」

このように書かれています。

猿島は明治から昭和にかけ、

管轄が陸軍から海軍へと変わり、

求められる機能も、

敵艦隊への砲撃から、

航空機への迎撃へと変更されたので、

明治時代の大砲遺構は残っていないと

いう事でしょう。

兵舎・弾薬庫

岩盤に埋め込まれた兵舎のレンガ、

なかなか見応えがあります。

兵舎。

正面。

ここの推しは、

日本国内では珍しい、

フランス積みのレンガです。

お〜確かにフランス積みですね!

しかも色合いがお洒落です。

昔(戦後)の落書きも結構あって、

まあ、それも一興でしょう(笑)

さらに奥へ。

弾薬庫。

まるでヨーロッパの神殿のような、

軍事施設には勿体無いくらい

芸術的なレンガの積み方ですね!

ちなみにここもフランス積みです。

そして、通路の反対側には、

こんなものがあります・・・

厠(トイレ)!

左が「大」で右が「小」(笑)

ここは長いレンガの段と

短いレンガの段が交互に積み上げられた

イギリス積みですね!

そしてさらに切通しを奥へ。

兵舎(その2)。

「弊社と高塁道」

「掩蔽部(掩蔽=覆い隠すという意味)。

配備についた将兵はここで寝泊りをした。

中は吸湿と採光のため、

白い漆喰が塗られている。

太平洋戦争中に

猿島に配属された人の証言によれば、

掩蔽部の中は畳敷きであったという。

戦後、壁に多くの落書きがされた。

階段を上がったところに高塁道があり、

高塁道両端を更に一段上がったところに

砲座があり大砲が据えられていた。」

このように記されています。

さらに先に進むと

もう一つの弾薬庫があります。

弾薬庫(その2)。

何故か弾薬庫の前で

テンション上がる妻(笑)

「弾薬庫」

以下、全文です。

「壁は煉瓦による

フランス積(フランドル積)、

天井は煉瓦造り

ヴォールト(アーチ)である。

弾薬庫は前室と後室の二室構造で、

前室には上にある砲座へ弾薬を供給する

揚弾井を設ける。

棲息掩蔽部と異なり

塁道に面する前壁に窓を設けない。

左側の細い部屋は、

照明器具を置くための点灯室である。

点灯室と弾薬庫を仕切る壁に

ガラスを嵌め込んだ点灯窓を設け、

光を弾薬庫内に供給しながらも、

照明器具と弾薬が同一空間に

置かれることがないようにしている。」

そしてこの斜向かいには・・・

厠(トイレ)。

小用。

大用。

これを使っていた兵隊さん、

まさか自分がウン○落とした場所が、

観光名所になるなんて、

想像もしていなかったでしょう(笑)

高角砲台

明治の遺構を堪能した後は、

切通しから階段で東側の

昭和の遺構、高角砲台を目指します。

綺麗な階段、あり難し!

道案内も完璧!

もうすぐ到着。

この辺りからは海も見えます。

「猿島高角砲台」

以下、全文です。

「第一次世界大戦における

航空機の登場により、

戦術に大きな変化がもたらされた。

明治期に艦船への対応を

想定して作られた

陸軍の猿島砲台は旧式化し、

大正14年(1925)に

陸軍の施設としては廃止される。

その後、

猿島は海軍に所管換えがなされ、

昭和11年(1936)に

新たに航空機へ対応するための

防空砲台が新設され、

8cm高角砲4門が備砲された。

また、その後高々度を飛行する

爆撃機に対応するため

昭和19年(1944)に

12.7cm連装高角砲4門が備砲されている。

高角砲台砲座は鉄筋コンクリート製で、

円形の砲床と地下構造の

砲員待機所を連絡する階段から

構成される。発掘調査により、

砲座は凝灰岩の岩盤を削平、

掘削して建設されたことがわかっている。」

近くまでは行けませんが、

高角砲台を確認。

とその時、

妻が雄叫びを。

「あれ、青い鳥!」

お〜確かに青い鳥ですね!

なんかいい事ありそうな予感?(笑)

(続く)

 

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