普門院/那国王の教室

 

隠れた名刹

麻氐良布神社へ参拝前、

普門院の駐車場横で見たのが

こちらの案内です。

事前知識が全く無かった僕は、

衝撃を受けました。

こちらには、

鎌倉時代初期に建立された

国指定重要文化財の

本堂があるというのですから

間違いなくここは、

「隠れた古刹」でしょう。

バスへの集合時間はあるものの

「何とか本堂に参拝したい!」

そんな気持ちを抱きつつ

麻氐良布神を参拝。

そして、

その時は訪れたのです。

最後尾からの追走

麻氐良布神社を後にしたのは、

バスツアー参加者のほぼ最後でしたが、

普門院の参拝時間を作るべく、

先行集団を猛追開始(笑)

途中、数人を抜き去ると、

本堂の屋根が見え、

その直後、左に折れる近道を発見し、

普門院の本堂参拝は叶ったのです。

山門〜本堂

先に本堂に行き、

その後バスに戻りながら

各所を撮影しましたが、

ここでは山門からスタートして、

本堂まで行った体で書きます。

素朴な山門。

なかなか渋いな〜!

斜めから見た山門。

参道左側の不動明王像。

参道口でお迎えのカエルちゃん。

本堂は一直線上の杜の中に鎮座しています。

弘法大師像。

石橋を渡り石段へ。

石段を上がった先に、

本堂が見えています。

ここはもはや鎌倉時代(笑)

以下、案内全文です。

「福岡県に現存する

最古の木造建築物とされる。

寺伝によれば、

奈良時代の僧である行基が747年に創建。

以前は現在地の西南にある

筑後川の中島の地にあったが、

水害の難を避けて移建したと伝わる。

現本堂の建立に関しては、

記録がなく不明でるが、

その建築様式により

鎌倉時代に建てられたものと考えられる。

後世に五間堂の規模を三間堂に縮小し、

江戸時代(1603〜1868)に

新たに参拝のための庇となる

向拝を付ける等の変更が加えられる。

随時屋根葺き替えが

行われてきた履歴が残る。

1939年に解体修理を行い、

この時、湿気を防ぐため境内下から

現在地に移設された。

1971年に屋根葺き替え工事

・縁廻り補修を行っている。

普門院の本尊は木造十一面観音立像で、

10世紀後半の作と想定され、

国指定文化財である。」

文中で記された行基さんは、

東北から九州まで「行基創建の寺」を

数多く残していています。

そんな神出鬼没の行基さん、

「テレポート(瞬間移動)」したのか、

「ワープ」だったのか、

それとも

「分身の術」でも使ったのかな(笑)

ちなみにこちらは近鉄奈良駅の

行基菩薩の噴水」です。

行基さんが関わった

東大寺の大仏を見つめながら

「噴水の術」(笑)を使って、

日々修行されておられます。

鰐口を叩いて参拝。

扁額が新しいな・・と思って、

後で調べると、

普門院は2017年の豪雨で、

本堂はじめ諸堂、石仏などが、

大きな被害を受けていたのです・・・

この扁額を書かれた

「第十八世 亮舜」の時代ですから、

この扁額には、

復興感謝と水害に遭われた方への

鎮魂の意味も込めれているのでしょう。

向拝は江戸時代の後付けで、

当初は完全なる方形屋根だった事が、

よくわかる角度ですね。

そしてここで、

先ほどの案内が蘇ります・・

「1939年に解体修理を行い、

この時、湿気を防ぐため境内下から

現在地に移設された。」

この判断は結果的に、

2017年の豪雨への布石になっています。

境内下は上の本堂よりも

被害は甚大だったそうで、

湿気対策どころか、

豪雨対策として機能したのですからね。

やはり鎌倉時代から残る建物には、

人智を超えた何者かが、

宿っているのかも知れません。

(続く)

 

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