府内城(大分県大分市)前編

 

他人の評価より自分の体験

江戸から明治になって

お城跡がそのまま県庁となった

例はかなりあるようで、

福井城などは今でも本丸跡に

福井県庁があります。

ここ府内城も一時期は城内に

県庁がありました。

平成に入って(もう終わるが)

城跡の文化的価値が見直され、

また観光地として集客が見込める事から

城跡に対しての評価が高まっているのは、

各地の城跡の整備状況をみてもわかります。

そんな城跡にとって追い風の今、

ネットに書かれている府内城の評価は、

「整備されていない」「荒れている」などの

そんなマイナスな事がいくつも出ていて、

正直、僕も期待値は高くありませんでした。

ところが、僕たちが訪問した府内城は、

そんな先入観を根底から覆す体験ばかりで、

やはり他人の評価や、過去の評価ではなく

自分自身で体験した今現在の評価こそ

大切なんだと改めて思った次第です。

府内城へ

大分駅から歩いて10分と

府内城へのアクセスはとても便利です。

そして、お城に到着し、

大手側の堀を見ると、

予期せぬ嬉しい出来事が・・・

まるで主(ぬし)のように

城を守っているアオサギに

テンションはいきなりMAX(笑)

そして、もう一つ、

全く予想もしていなかったものを発見。

天守の骨組み?

府内城の天守は江戸時代消失し、

今では天守台だけと聞いていましたが、

形は明らかに天守ですよ!

いきなりサプライズ二連発で、

ネットの評価は吹っ飛びました(笑)

多聞櫓門の遠景。

ここから本丸へと向かいます。

石垣の雰囲気も素晴らしい!

案内によると

関ヶ原の戦いの後、入封した竹中重利が、

天守も含んだ府内城を完成させています。

そして、重利の子、重義が長崎奉行時代の

不正を訴えられ、切腹したという一文に注目(笑)

幕末のフェートン号事件の責任をとり切腹した

松平康英以外にも長崎奉行の

切腹はあったのですね。

お奉行様といえども大変だ~(笑)

多聞櫓門。

大分空襲で焼けたものを

再建していて、

ちょっと佐賀城の鯱の門を

思い出します・・・

仮想天守

門をくぐるとそこにはあの建物が。

パイプで作られた天守。

門の右手、本丸にそびえています。

何と、僕たちが行った日は、

「仮想天守」の

イルミネーション点灯期間でした!

バーチャルという今風の言葉ではなく

和風に「仮想」と名付けたのはグッジョブです。

そして、この小さな小屋の中には、

素敵なものがあります。

府内城の模型。

これを見てから散策すると

府内城をより楽しめます。

江戸時代の絵もあります。

良いじゃないですか!

このレリーフ。

ネガティブな評価をした人には、

僕の高揚感は可笑しなものかも(笑)

めっちゃ凄い仮想天守イルミネーション!

どうしても見たい・・・

結局、臼杵城に行ったあと、大分駅に戻り、

またここに来る事に決定!

体力勝負だ~(笑)

仮想天守は本物天守だった場所の

目の前に建てられています。

天守台

仮想の次はリアル、いえ、本物(笑)

本物の天守台。

江戸時代初期っぽい感じの石垣が

綺麗に残っています。

ここから天守台に登れます。

天守台から人質櫓方面の景色。

天守台から山里、北丸方面の景色。

その後、天守台を下りて

人質櫓へ向かう途中にこんな案内を発見。

ARって何だ?

在りし日の府内城が

見られると書かれていますね!

これはやるしかないでしょ!

ここにスマホをかざすと・・・

お~見えた!

四重だったと言われる府内城天守!!

色んな仕掛けで、息つく暇もないほど

僕たちを楽しませてくれる府内城の

おもてなしに感動です。

人質櫓

数少ない遺構の一つ、

空襲でも焼けなかった人質櫓。

江戸時代末期、1861年の再建です。

櫓のアップ。

櫓に続く土塀の鉄砲狭間。

見えているのは、

本丸と北丸をつなぐ廊下橋で、

再建工事中でした。

普通に(笑)撮影。

ここにも主(ぬし)のアオサギが

お城を守っていました。

仮想天守昼バージョンでツーショット。

これでも半分ほどの散策、

あとはお城の外周などまだまだ

盛りだくさんあります。

今日の癒やし

天守台に上る途中の木に癒やされました。

幹の切り口がハート型ですよ!

 

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