色金山歴史公園(愛知県長久手市)

 

大将の姿

徳川家康が天下を取れたのは、

多くの戦に於いて、

現場に立って指揮したことも

大きな要因でしょう。

小牧・長久手の戦いにおいても、

秀吉は基本、安全な場所であろう、

後方から指揮していたのに対し、

側近が周囲を固めているとはいえ、

家康は、いつ討ち取られてもおかしくない、

危険な場所に身をさらして戦い、

結果、長久手の戦いでは、

敵将、池田恒興、森長可などを打ち取り、

大勝利をおさめています。

大将の姿や馬印が見えるだけで、

兵士たちの士気は倍増するはずで、

その効力も大いにあったでしょう。

現代の会社において、

社長の姿が見える時は、

見えない時よりも

頑張る人が多い?のと同じかな(笑)

色金山歴史公園へ

激しい雨に追い立てられるようにして

長久手古戦場公園を後にした僕たちは、

次なる戦跡、

家康の本陣が置かれた色金山へ。

車で10分ほど走って駐車場に到着。

案内図。

公園のエントランス。

長久手古戦場公園での大雨が嘘のように、

青空が見え、色金山っぽい(笑)紅葉で、

僕たちを歓迎してくれています。

山の頂上まで、

なだらかで歩きやすい石段が

整備されています。

この石碑は何だったか・・・

思い出せません(汗)

八幡社旧跡碑。

家康が出陣に際して、

戦勝を祈願した神社の跡です。

馬泉水。

家康が馬に水を飲ませた場所。

長久手合戦慰霊碑。

もうすぐ頂上。

山頂の床几石に到着。

一番左が、徳川家康が腰掛け、

軍議を開いたとされる床机石。

長久手市のサイトによると、

すぐ右側のシンプルな石碑は、

宝永三年(1706年)に建てられた、

福富親茂の碑(刻銘:御床机石)、

右の大きいものは、

明治43年の地元有志の

漢文碑と書かれています。

展望テラスへ。

物見櫓的な建物。

東屋も完備。

展望コーナー。

樹木の成長で、

視界は遮られていますが、

何とか町並みは見えます。

櫓をバックにツーショット。

テラスの下。

奥になにか見えるので

近づいてみると、

夢童由里子という方が製作した

2つのレリーフがありました。

「家康軍議の図」。

金扇の大馬印は、

関ヶ原でも用いられていたようです。

家康隊進軍の図。

躍動感溢れた素晴らしい作品ですね!

少し奥まって目立たない場所なので

見逃してしまいそうですが、

雨風をしのげるという意味で、

ここに設置したのは大正解でしょう。

紅葉に癒やされながら駐車場へ。

今日の石仏

床机石までの石段の両脇には、

いくつもの古い石仏が配置されています。

江戸時代くらいのものでしょうか。

供養の意味もあるのかな?

三人のお地蔵様・・でしょうか。

 

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