岩村城(岐阜県恵那市)後編

 

QRコード

岩村城の各所に設置されているのが、

こちらの「再現CGビューアー」です。

日本人が発明したQRコード、

今や世界中で使われているようです。

もちろん、江戸時代そのものを見られる

岩村城のCG再現は必見です。

旅の行程を詰めすぎた僕は

家に帰ってから、

ゆっくり見たのですが(笑)

本丸へ

神社がある八幡曲輪から本丸は、

すぐそこです。

菱櫓の石垣も見所ですが、

僕は六段壁(石垣)に気を取られ、

あまり見ていません(汗)

右が菱櫓の石垣、

先に見えるのが六段壁と言われる

六段重ねになった石垣です。

六段壁(石垣)

遂に来た~!(笑)

思った以上に壮観です。

案内。

元々の高石垣を補強するために、

六段になったと書かれています。

石垣が崩れそう→やばい→継ぎ足そう

また崩れそう→また継ぎ足そう

この繰り返しだったのかな?

しかし、この見ごたえを考えると、

結果オーライでしょう(笑)

動画でも撮影。

向かって左から撮影。

強い逆光でしたが、

妻の日傘のお陰で、

何とか撮れました。

角度を変えてさらに一枚。

何枚撮っても飽きませんね。

ここから本丸方面へ。

右に六段壁を見ながらの

贅沢な登城(笑)

長局埋門

見えて来たのは

長局埋門(ながつぼねうめもん)です。

長局埋門の全景。

石垣も往時のまま、

大きな傷みもなく残っています。

案内。

打込み接ぎの石垣で、

角は算木積みです。

正面に櫓があったのでしょうか。

やはり防御を考えていまね。

長局埋門内側。

本丸方面の長局埋門内側。

東口門

本丸へ抜ける手前には

東口門という枡形があります。

ここを突破するとラスボス登場(笑)

桝形虎口。

本丸

本丸到着。

案内。

二重櫓があった所かな?

岐阜県指定史跡。

これだけのものですから

国指定にして欲しいものです。

慰霊碑。

本丸の風景を動画で撮影。

昇龍の井戸。

標高717mもの高い場所で、

井戸が湧いているなんて、

ちょっと不思議ですね。

「織田信長公宿営の地」

へ~信長もここに来ていたのか?

ちょっと驚きながら案内を読むと、

「天正十年(1582)三月十一日、

甲州(武田)の途に就いた織田信長公は、

家臣団の筆頭格であった

明智光秀公などを引き連れ、

岩村城に入城した。

おりしもこの日、武田勝頼公は、

(中略)嫡男共々敗死、享年三十七」

「これより八十日余り後、

信長公は、京都・本能寺において

明智光秀公の謀反にあい自刃。

四十九歳の生涯を終えることになる」

このように書かれています。

そして、文章の最後を見ると

「検証 静岡大学名誉教授 小和田哲男氏」

なんと有名な方の名が

記されているではありませんか。

思わず「信長公はここに来たはず!」

な~んて納得してしまいますね(笑)

本丸散策を終えて下ります。

本丸さようなら(笑)

埋門

最後の見所は埋門です。

案内。

ここも見応え十分。

麓へ

石垣の見事さを堪能出来

満足した僕たちは、

帰路へ・・・

その前に六段壁をバックに

ツーショットは欠かせません(笑)

足がガクガクなりながらも麓へ。

岩村城、素晴らしいお城でした。

今日の気になる木

本丸の端っこで見た杉の木。

周囲との空間があるので、

青空に映えています。

植樹されたのかどうかは

わかりませんが、

特別感が印象深い一本です。

 

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