蚊屋島神社(鳥取県日吉津村)

 

蚊屋島神社の歴史

蚊屋島(かやしま)神社の御由緒書きには、

主祭神、天照大御神と高比賣命の紹介、

天文十四年(1545)に出された

尼子氏の社領証文があること、

そして、社号の改称などの

歴史が記されています。

そんな情報にプラスして

鳥取県:歴史・観光・見所」という

サイトでは、蚊屋島神社について

さらに詳しく案内されています。

その一部を抜粋すると、

「近隣の旧家に現在の祭神と

昔の祭神は違うとの伝承から

平安時代中期に成立した

「日本三代実録」の元慶7年(883)

12月28日の条に記載されている

伯耆国正六位上天照高日女神とは

当社の事で、何時の頃から間違って

伝承された為に天照大御神が

祭られるようになり、

それを改める為に高比賣命が

勧請合祀され、

2柱が主祭神として

祭られるようになったとも云われます。」

要するに

高比賣命を指す「天照高日女神」を

「天照大御神」とを間違って

祭ったという話ですね。

また、

「蚊屋島神社祭神である

高比賣命の夫神である天稚彦が

誤って神の遣いである雉を弓矢

(天羽々矢と天鹿児弓)で射ち殺し、

その矢が天に届くと

天稚彦に邪心があるとして、

下界に打ち返され、

その矢に天稚彦が射抜かれ

死んだという神話から、

蚊屋島神社の神官や社家は

代々キジ肉を氏子は鹿の肉を

食するのが禁じられています。」

このようにも書かれています。

古事記や日本書紀のクライマックス、

国譲りの一幕が関係してくるとは、

神社好き、神様好きならば、

面白すぎる御由緒ですね。

ちなみに高比賣命とは、

大国主命の娘、

下照比売命(したてるびめのみこと)

のことで、お母さんは宗像三女神の一柱、

宗像大社の沖津宮に祭られている

多紀理比賣命

(日本書紀では田心姫命)です。

そう言えば、蚊屋島神社の近くに

宗形(むなかた)神社もあるようで、

何らかの関係があるかも知れません。

蚊屋島神社へ

神社の鎮座地は、

鳥取県西伯郡日吉津村日吉津。

米子市の隣村です。

一の鳥居。

駐車場が分からず、

参道脇に一台車が停めてあったので、

僕も見習って(笑)そうしました。

手水舎。

竹の筒を通った清浄な水が、

滴り落ちるタイプの手水鉢です。

随神門。

御社殿など、多くの建物は

国登録有形文化財となっていて、

その多くは明治時代の建立ですが、

拝殿など一部、

江戸時代、天保期のものもあります。

随神門をくぐって右側の宝庫。

 

 

左側の神楽殿。

御社殿へ。

右側は安政七年の寄進の燈籠。

左側の年代はわかりませんが、

デザイン的にはもっと古そうです。

対になる左側の燈籠。

こちらの台座には多くの盃状穴が

彫られていますね。

拝殿。

龍の彫刻の案内。

「(前略)

拝殿と向拝の上部に、

計三体の龍が彫られており、

江戸時代中期から末期、

松江藩主松平治郷に土木方として仕えた

「小林如泥」(こばやしじょでい)の

晩年の作だと伝えられている。(後略)」

このように書かれています。

小林如泥さんという方、

気になって少し調べてみると

松平氏の廟所、松江市の月照寺にある

不昧廟門(ふまいびょうもん)の彫刻も

この方の作品らしく、

画像で見ると、

見応えある素晴らしいもので、

行きたい場所が、

また増えてしまいました(笑)

向拝部分と拝殿前部。

向拝の龍。

拝殿の龍。

神額の文字は三條實美です。

この方の書は、

意外と各地で見られますが、

読みやすく優しい文字なので

引く手あまただったのかも知れません。

龍のアップ。

狛犬と木鼻。

何とも印象的なお顔です。

吽形の狛犬はおちゃめ(笑)

賽銭箱も渋い!

拝殿と渡廊。

渡廊は神饌に繋がっています。

本殿。

本殿真後ろ。

本殿左側と拝殿。

一周して拝殿左斜から。

境内社

二つある境内社も

国登録有形文化財です。

本殿右側の天神社。

左側の豊受社。

御祭神不明の石祠。

最後は拝殿前のツーショット

蚊屋島神社の参拝は完了です。

 

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