宮原坑(福岡県大牟田市)

 

汗と血と涙の結晶

宮原坑(みやのはらこう)が、

炭鉱としての役目を終えたのは、

令和2年の今より90年ほど前、

昭和6年(1931年)の事。

閉山時、誰が今のような観光地となり

世界文化遺産という

権威のお墨付きまで

貰うと想像したでしょうか・・・。

明治時代にイギリスの技術で

造られた日本の近代化を支えた

重要な施設なのは表面だけの事、

全てはここで働いていた

名もなき炭鉱夫の方々、

また、過酷な境遇で、

多くの人が亡くなったという

囚人労働で狩り出された人々の

汗と血と涙の結晶に違いありません。

コンクリで埋め立てられた坑道のその奥から

「俺たちを忘れないでくれ!」

そんな人々の声が聞こえて来る気がして、

護國神社を参拝するとき、

身を賭して国を守られた

御英霊達に感謝するのと

同じような気持ちに

させられた宮原坑訪問でした。

宮原坑へ

潜塚古墳から宮原坑へは、

駛馬天満宮の境内を抜けて、

一直線に向かうのが最短距離です。

それを如実に物語るのが、

次の二枚の写真です。

潜塚古墳の上から、

駛馬天満宮本殿を通して見た宮原坑。

ここから、神社を通って、一の鳥居へ。

一の鳥居から見た宮原坑の鉄櫓(やぐら)。

ここからさらに一直線上の

目的地まで歩きます。

途中振り返って見た駛馬天満宮。

歩くこと7~8分で宮原坑に到着。

宮原坑散策

ここに着いた時、

「歓迎されているな~!」

というのが実感でした。

こちらは、なんだか石炭の温かみが

ほんわり伝わってくる

ウェルカムボードですが、

これが「実感」の原因ではありません。

僕にそう思わせたのは、

ボランティアの男性ガイドさんです。

実に気遣いのある人で、

案内する事を強制しない言葉で、

僕たちにアプローチしてくれ、

ガイドお願いすると、案内の前に、

「写真は後でゆっくり撮ってくださいね」

とさりげなく言ってくれました。

そのお陰で、

ここからの写真は全て、

ガイドさんが案内してくれた後に、

再度巡って、

心置きなく撮影したものなのです。

宮原坑を象徴する赤レンガと櫓。

中に入ります。

勿論ガイドさんと入った後の

二回目ですが(笑)

建造物は、国指定重要文化財、

炭鉱跡など複数箇所は

国指定史跡となっています。

櫓は現存する最古の鋼鉄製です。

ここには書かれていませんが、

ガイドさんの説明では、

これはイギリス製の櫓で、

熊本県の三角港から陸揚げされ、

ここまで持ってきたそうです。

その三角(みすみ)港(西港)も

明治時代の埠頭がそのまま残る場所として、

世界文化遺産に登録されているそうで、

そんなガイドさんの話を聞くと、

やはり石炭遺産を辿る旅として、

三角にも行かないといけませんね(笑)

こちらは、

大牟田市石炭産業科学館で見た、

宮原坑、万田坑をモデルとした

炭鉱の断面模型で、

ここの地下はこんなになっていたんだと

想像しながら見られるのも

産業科学館に行っていたお陰です。

第二竪抗巻揚機室へ。

建物の前では、

頑丈そうな石炭車が往時の姿で、

出迎えてくれます。

出入口。

人馬昇降の巻揚機(ウインチ)。

高圧電流の

制御盤みたいなものでしょうか?

鉄櫓を真下から見上げる。

昇降機(エレベーター)は二基あって、

一方が上にいる時は

もう片方は下にいるという構造です。

中に入ってみました。

線路が付いていて、

石炭貨車がそのまま載せられます。

こちらは本来なら

地下に潜っている側の昇降機ですが、

今はコンクリで地下を埋めているので、

ここに展示されています。

鉄櫓横の煉瓦の壁。

ガイドさんによると

これはイギリス積みという

長い煉瓦の段と、短い煉瓦の段を

交互に積み上げるタイプだそうです。

イギリスの技術を導入して作ったので、

当たり前に

イギリス方式に積まれたのでしょう。

巻上室の案内板。

ここでガイドさんから聞いた

悲しいお話を一つ・・・

坑内の運搬は馬だったので、

地下(坑道内)で馬を飼っていて、

新しい労働力としての馬が

一度地下に降ろされると

次に地上に出る時は、

「死んだ時」だったという事です。

しかも地下の蒸し暑い環境で、

暮らしていたので、

寿命も短かかったそうです・・・

人間は毎日昇降機で上げ下げしても

馬にはそんな労力をかける

余裕はなかったのですね。

その話にちょっとしんみりした僕たちでした。

改めて真正面から見た巻上室。

奥側の側面。

さらにその奥側。

裏側の全景。

手前の建物は、従業員控室。

やはりこの構図が一番カッコいいかな?

専用鉄道敷跡

宮原坑横には、

専用鉄道敷跡が残っています。

総延長は150Kmにもなったそうです。

線路跡に降りてみました。

明治から昭和初期に

使われていた線路なのに

枕木がコンクリ製なのにビックリです。

木製ではなかったのは、

石炭が重たかったからでしょうか?

いや貨車の方が重たいか(笑)

宮原坑を後にして、

専用鉄道敷を渡る橋から撮影。

トイレ

橋を渡るとそこには、

見学者用の駐車場が

整備されています。

僕たちは徒歩なので、

駐車場は関係は無いものの

ここで、いきなり楽しいものを発見。

インスタ映えするトイレ!

かつて専用鉄道敷を走っていた

ドイツ製の電気機関車がモデルです。

角度を変えて撮影。

こちらがモデルになった機関車の写真。

宮原坑を後にして

宮原坑からは、この日最後の目的地、

早鐘眼鏡橋を目指して歩きます。

途中の自動販売機も宮原坑(笑)

シルエットの宮原坑。

専用鉄道敷に架かるこの橋は、

大牟田市石炭産業科学館で見た

映像作品のロケ地です。

いわば聖地(笑)

今日の注目

専用鉄道敷に一箇所だけ

敷かれたレール。

この上をどれだけの回数

石炭車が通っていたのでしょう・・・

昔の情景を思い起こさせてくれる

1mちょっとのレールです。

 

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