室山熊野神社(福岡県八女市)後編

 

平和だった江戸時代に触れる楽しさ

歴史ある神社や古刹(古い寺)を巡り、

そこで案内板や御由緒を読むと、

「戦国時代に社殿は消失し荒廃したが、

江戸時代、藩主○○により再建」

こんなフレーズが多々出てきます。

そして、その江戸時代初期、

今から400年位上も前の再建された

建築物は、この現代に

そのまま残っているものも

少なからず存在しているのです。

これは、江戸時代が平和な時代であった

証拠でもあるでしょう。

神社の案内によると

ここ室山熊野神社の御社殿は、

慶長十二年(1607年)に

消失したものが、

元禄十二年(1699年)に

再建されています。

そして、その社殿だけでなく、

ここには石仏、石灯籠なども

江戸時代に作られたものがあります。

そして、作られたものと同時に

明治時代の神仏分離令により

破却されたお寺の痕跡や、

仏像の頭が切り取られた姿も

同時に見られるのが、

神仏習合(混沌)だった

寺社全般の特徴であり、

ここ室山熊野神社も

例外ではありませんでした。

古いもの、残されたもの、

壊されたもの・・・

何が良くて、何が悪いとかの判断は、

する必要はありませんし、

出来るはずもないでしょう。

僕たちは今、その全部を楽しみ、

感じればいいだけなのですから。

御社殿へ

神宮寺跡と思われる心癒される

異空間を抜けると、そこに御社殿があります。

こちらは正面の石段から撮影。

ここはまるで江戸時代です。

狛犬の後ろに見える灯籠は、

かなり古そうだと思って裏を見てみると・・・

宝暦十三年(1763年)と

書かれていて、今から250年位上も前に

奉納されています。

次に素晴らしい手水鉢を発見しました。

周囲のコンクリは後世のものでしょうが、

このデザインはなかなか素敵ですね。

嘉永七年(1854年)の奉納です。

これも160年前ですよ!

拝殿。

こちらが、水道が引いてある

現役の手水舎で、

小ぶりな古い手水鉢がお洒落ですね。

このすぐそばに、気になる灯籠があります。

お~これも古い!

元文二年(1737年)と刻まれていて、

280年以上も昔のものです。

参拝。

元禄十二年(1699年)の

拝殿(左)と本殿(右)。

本殿。

本殿裏の神域。

本殿の真裏には大岩が迫っていて、

その麓には、お社があります。

本殿向かって左から撮影。

本殿横の敷地には、

社殿の跡があります。

消失した社殿は、ここに建っていたのか、

それともお寺的な建物があったのか、

想像するだけで楽しいですね。

御神木

杉林に囲まれた神社らしく、

ここには杉の御神木があります。

元は三本あった

杉の御神木のうち一本が

昭和62年夏の台風で倒れ、

拝殿を押しつぶし、その木の根元だけ

写真のように残っていました。

あとの二本は社殿の両脇を護るかのように

そびえ立っています。

左右とも樹齢は500年ほど。

拝殿向かって左側の杉。

こちらは拝殿向かって右の杉と妻。

やっぱり太い幹です。

根本には祠があります。

記念のツーショット。

駐車場へ

参拝を終え石段をおります。

神門が見えてきました。

神門横の境内社に参拝し

さらにおりていくと、右側に

こんな案内があります。

饒速日尊(にぎはやひのみこと)が、

高天原と地上を行き来する

天磐船(あめのいわふね)を

停めたと言われる「舟つき岩」まで

540mと書かれています・・・

興味はあるが・・・

う~ん体力と気力と時間が無いので、

今回はパス。

左に折れると、駐車場はすぐそこです。

僕たちが室山熊野神社に参拝した時、

他には誰一人として来ていませんでした。

要するに僕たち二人で、

この素晴らしい空間を独占出来たのです。

そして、何故ここがあまり知られていないのかと

不思議に思うほど、実に素晴らしく、

満喫出来る神社でした。

 

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