山口縣護國神社(山口市)

 

護国神社の成り立ち

ブログを書くとビックリするくらいに新たな発見をします。

以前から言い続けていますが、アウトプットは最大のインプットなのです。

このブログを書くにあたって、神社の正式名称が

山口縣護國神社でよかったのか、神社のサイトを訪問してみました。

「縣」という文字が「県」の護国神社もあるし、

広島護國神社みたいに「縣」も「県」も

入らない護國神社もあるし。

名前は僕が思った通りで良かったのですが、

宮司さん(多分)が神社や神道、護国神社の歴史について書かれた

素晴らしいサイトを運営されていたのを知り

時間が経つのも忘れ、読みふけってしまいました。

僕は護国神社は戦没者や幕末の志士たちを祀る神社であり、

護国神社の前身が「招魂社」(しょうこんしゃ)であるというのは知っていましたが、

そのサイトによると、この招魂社は山口県が発祥で、招魂社という名称になる前は

「招魂場」と言われていて、

高杉晋作が奇兵隊の戦死者のために作った

「奇兵隊専属の招魂場」が日本初だったのです。

死者を敬い弔う気持ち、ぶち優しいな〜高杉晋作!

そんなことまでやっていたのか〜!

そして、山口には奇兵隊以外にも各隊ごとに多くの招魂場が出来、

全国の招魂場の2割は山口に出来たというのも

これまた山口サプライズです(笑)

招魂場について書けばきりがないくらいに知識が増え

興味がわき起こってしまったので、

また山口に行かないといけないな〜(笑)

山口縣護國神社へ

山口大神宮を出発したときには午後5時近く。

神社の神様は正月を除いて、午後5時ちょうどでお休みになるので、

山口縣護國神社には参拝というよりも訪問という形になりました。

駐車場は5時で閉まりますと書いてあったので、

すでに閉鎖時間を過ぎて到着した僕たちの気持ちは

閉店なのに買い物に来て帰らない客(笑)のようで、

ここではとにかく慌てていました。

拝殿の扉は開いていましたが、社務所を閉める音がして、

とにかく英霊の皆様に超高速参拝(訪問)して完了。

僕たちは早歩きで境内を後に。

ツーショットも緊張感あふれる

ちょっと貴重な表情ですね(笑)

これで、充実しまくっていた山口の日帰り旅行はおしまいです。

 

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