浪岡八幡宮(青森市浪岡)御社殿

 

予定変更は大吉

青森旅の最終4日目、

この日最初の予定は、

八甲田山ロープーウェイで、

八甲田山に登って絶景を楽しむ事。

その後、

八甲田山雪中行軍遭難資料館、

その殉難者を慰霊する幸畑墓苑にお参りし、

青森空港へと向かう予定でした。

ところが・・・

ホテルの窓から見た景色は、

霧・・・

テレビを付けると、

青森地方には、

「濃霧注意報」が発令中とのことで、

標高が高い、

八甲田山ロープーウェイが、

運行するかどうかも分からないし、

運行したとして、

頂上から戻れなくなれば

福岡に帰ることも出来ないし・・

そこで急遽予定を変更し、

天候に左右されない、

浪岡城と浪岡八幡宮へ行くことに。

ホテル出発後、曇り(霧)空の中、

車を浪岡方面に走らせていると

青森空港を超えたあたりから

急に青空が広がって来て、

結局天候は晴れて、

浪岡城からは

美しい岩木山も拝めたのです!

予定変更は大吉だったに

違いありません(笑)

参道

浪岡八幡宮到着は朝8時前。

朝日に照らされる社頭。

浪岡八幡宮の由緒。

超要約すると以下になります。

「御祭神は應神天皇。

平安時代初期、

坂上田村麻呂により、

宇佐神宮から神霊を勧請、

創建時は、

行岳莵狹なみおかうさ太神宮と呼ばれる。

室町時代、北畠氏が浪岡城に入り、

厚く崇敬される。

天正の頃から津軽氏の祈願所として

崇敬を受け、藩費を持って、

都度の修復が行われた。」

「浪岡」は「行岳」という漢字が

オリジナルなのでしょう。

一の鳥居と明治四十四年建立の社号標。

両脇を池に挟まれ、

昔の神仏習合的な境内です。

右側の池。

池の透明度が高いのは、

循環システムが生きている証拠。

川の流れか湧水か、

循環装置があるのかもですね。

左側の池。

昔は赤い橋の先に弁天様でも

祭られていたのかな?

ここにいらっしゃるのは、

狛犬ではなく

左右ともに阿形の中国獅子です。

すっと伸びた木の下の手水舎へ。

鳥対策の網が張ってあります。

常時流れる清浄な水でお手水完了。

二の鳥居。

左側の建物の扁額には

「鼓殿」とあるので、

太鼓がおさめられているのでしょう。

三の鳥居。

舌の動きまで躍動的な狛犬。

吽形。

参道右横の、

ちょっと渋い社務所。

引き戸はサッシじゃなく、

昔の木枠ですよ!

社務所全景。

大正時代位のものでしょうか?

巨大な燈籠を通過。

拝殿。

軒下の彫刻を確認。

真ん中は繊細な彫りの龍神様。

阿形の狛犬。

多くは顔を外側に向けていますが、

ここでは正面を向いているので、

めっちゃ視線を感じます。

吽形からは、

さらに熱い視線が

放たれている?(笑)

神額。

「於満洲陣中陸軍中将従三位勲一等

仂三級男爵立見尚文敬書」

このようにありますので、

「満洲の陣地」で書いたものかと

思われますが、

よく分からないので、

立見尚文たつみなおふみ」中将を

Wikipediaで確認すると

この人凄い経歴でした。

コピペ&要約すると

以下になります。

「桑名藩士で戊辰戦争では、

幕府軍側・奥羽越列藩同盟として戦い、

最後は、会津若松まで転戦し、

会津藩降伏後も出羽国(山形県)

寒河江さがえで抵抗するも

奥羽越列藩同盟で最後まで抵抗していた

庄内藩が降伏した後、

明治政府に降伏した」

これだけでも並大抵の事ではありませんが、

さらに明治後の活躍も驚嘆ものです。

「戊辰戦争において

新政府軍の敵側だった立見は

陸軍では出世が望めないと考え、

裁判官となり身を立てる。

しかし士族反乱が相次いで起きると、

かつての指揮能力を評価され、

1877年に請われて明治陸軍入りする。

西南戦争では陸軍少佐として

旅団一個大隊を指揮。

西郷隆盛を討ち取る部隊を

率いたことにより、

勝利の立役者となった。」

「日露戦争では陸軍中将として

第8師団を率い出征する。

黒溝台(こっこだい)会戦では、

冬季大規模攻撃を受けた

黒溝台救援に向かう。

立見は師団兵力の半数を失いながらも

黒溝台を回復し、

会戦はロシア軍の退却で終結した。

これらの功績により、

旧幕府軍出身者ながら

日露戦争終結の翌1906年に

陸軍大将に昇進。」

そうか、

だから「満州陣中」だったのですね!

そんな忙しい中でも

神額の揮毫に応えてくれるなんて、

神とでも言えそうな人ですよ(笑)

そして

第8師団は弘前駐屯なので、

その関係から神額の揮毫も

依頼されたのでしょう。

また、黒溝台会戦で

一番防御が薄い場所に

配置されていたのが、

司馬遼太郎の小説

「坂の上の雲」で有名な、

秋山兄弟の兄、秋山好古率いる

騎兵支隊だと書かれています。

神額一つで、

戊辰戦争、西南戦争、日露戦争の

歴史まで知ることとなり、

それだけで大きなご利益を

頂いたので気分です(笑)

参拝。

拝殿斜めから。

拝殿から本殿へ。

本殿に参拝。

本殿裏の若竹、

葉っぱが無くって

シュ〜ッとした

花火のような枝が不思議で、

思わず妻とツーショットを

撮影してしまいました。

こちらは本来の(笑)ツーショット。

この後、

境内社参拝などへ向かいます。

(続く)

 

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