仁壁神社(山口市)

 

三宮

昔から地域で一番重要な神社を

一宮とする制度があり、

その次に、

二宮、三宮と順番がありましたが、

現代では一宮だけが残り、

それ以下の神社は

わからない地域が多い中、

山口には一宮から五宮までが

存在しています。

その中の三宮である仁壁神社について、

Wikipediaを調べてみると、

「周防国においては古くから

玉祖神社(一宮)

・出雲神社(二宮)に次ぐ

三宮に位置づけられ、

明応6年(1494年)に

九州の戦陣から帰った大内義興が

周防国内5社に

戦勝報告をした際にも

3番目に参詣を受けている。」

このように書かれ、

大内氏からの崇敬も

高かった神社のようです。

仁壁神社へ

境内の駐車場に車を置いて、

改めて社頭から参拝します。

一の鳥居(多分)。

両脇の燈籠は、

天保六年(1835年)寄進。

元治二年(1865年)寄進の石橋。

横から撮影。

二の鳥居。

二の鳥居左横に

一基だけある大きな燈籠。

比較が無いとよくわからないので、

妻に登場してもらいました。

御由緒。

主祭神は、大国主命の子供である

下照姫命と味鉏高彦根命、そして、

住吉三神です。

手水舎。

石段で御社殿鎮座地へ。

拝殿。

拝殿手前にあるのは、

文化三年(1806年)寄進の燈籠。

左側の燈籠。

まるでアメ玉を転がしているかのように、

ユニークな表情の狛犬。

台座だけは古いもののようです。

吽形もなかなかお茶目。

参拝。

拝殿から幣殿、本殿へ。

本殿。

御社殿前の狛犬とともに、

本殿裏では巨大な避雷針が

神様をお護りしています。

Wikipediaによると

仁壁神社の御社殿は、

平成九年(1997年)放火により全焼、

その後、

平成十二年(2000年)本殿が、

その翌年拝殿と幣殿が再建されたそうです。

これだけ立派なものが出来たのは、

神職さんはじめ、氏子さん、

地域の方々の努力の賜物でしょう。

拝殿前にてツーショット。

境内社

まずは御社殿向かって右側の

境内社から参拝します。

稲荷神社拝殿。

両脇の燈籠は、

文政七年(1824年)の寄進。

稲荷神社本殿にも直接参拝。

健康の神様、具明社。

案内には従うしかありません(笑)

「神玉」をさすった妻は、

御神威(おかげ)を戴き、

元気百倍!

河内社。

ここに何故硫黄島の砂があるのか・・・

河内社の神様とも関係があるのか

どうかはわかりませんが、

硫黄島で玉砕された栗林中将他

日本軍2万人の

御英霊の皆様の御霊が

いつも安らかなことを祈りました。

参道右側の綿津見神社。

向かい側にあるこちらのお社も

綿津見神社。

神社を後に・・・。

今日のふしぎ発見

拝殿の天上に吊るしてあった球体。

いったいこれは何なのか?

謎は解決されないままです・・・。

 

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