日光東照宮(日光市)陽明門

 

秀忠と家光の東照宮

日本一と言って良いほど、

立派な日光東照宮。

その象徴的な建物が、

ひときわ煌びやかな「陽明門」でしょう。

しかし、

家康さんの遺言は、

「日光山に小さなお堂を建てて祀るように」

だったそうです(笑)

確かにその遺言は守られました。

それは、元和三年から、

二代将軍秀忠が造営した

初代の日光東照宮です。

その社殿の一部は、

群馬県の世良田東照宮に移築され、

現在でも見ることができ、

神社のサイトで建物を確認すると、

現在の東照宮に比べるとかなり素朴で、

親父の遺言を忠実に守った

秀忠さんの実直な性格が感じられます。

そして、秀忠さんの後継者、

生まれながらにしての将軍、

三代の家光さんは、

お父さんが造った日光東照宮を

豪華絢爛な「別物」に変えました。

お祖父さんの遺言なんか

聞いていなかったのでしょう(笑)

莫大な財産を背景に

金に糸目をつけず、

細部にわたるまで徹底してこだわり抜き、

寛永13年(1636)、

現在の東照宮が出来上がったのです。

その結果、

東照宮や幕府の「権威」も高まり(多分)、

また、現在も多くの参拝者を集め、

大繁栄の礎となっています。

陽明門

まずは案内を確認。

「国宝 陽明門」

案内文は以下になります。

「高さ11m、間口7m、

奥行き4.4mの楼門。

508体の彫刻でおおわれており、

いつまで見ていても飽きないことから

「日暮らしの門」とも呼ばれる。

屋根の上には鬼瓦。

軒下には後水尾天皇の御宸筆を象った

御神号の扁額が掲げられ、

その両脇に麒麟が配される。

その下に龍と息が二列に並び、

さらに下には龍の全身像と龍馬。

二階の廻縁の高蘭に

「千人唐子の知恵遊び」、

その下に唐獅子、

次に中国の君子の姿。

通路両面の脇の間には随身が控える。

陽明門に見られる多くの人物像は、

泰平の世をもたらした

徳川家康公の功績を称え、

理想的な政治の在り方を

示すものと考えられる。

背面にある地紋が逆さになっている

「魔除けの逆さ柱」は、

物事は完璧であると

かえって魔が差すとの考えから、

故意に形を崩したものである。」

大石垣下からみた陽明門と

両脇に建つ鐘楼(右)と鼓楼(左)。

陽明門をアップ。

人が多くて、

下部は見えてませんね(汗)

そして、

手前の石玉垣の裏側に

ちょっと仕掛けがあります。

柱にお尻を

こすりつけるポーズの狛犬。

間寛平の「かい〜の」の元祖か?(笑)

反対側も同じポーズ。

鐘楼。

鼓楼。

「重要文化財 鐘楼、鼓楼」

以下、案内です。

「鐘楼、鼓楼は

陽明門前の参道を挟んで

左右対称に配置されている。

櫓造で屋根は入母屋造。

裾廻りは袴腰形という。

構造・意匠ともほぼ同じ造りであるが、

上層の各所に施された

彫刻の数が異なっており、

鼓楼に合計38体あるのに対して

鐘楼には78体ある。」

そして、鼓楼の前に建つのが、

「廻転燈籠」という大きな燈籠です。

こんなの初めて見ますね!

「需要文化財 附・銅燈籠

(釣燈籠・蓮燈籠・廻転燈籠)」

案内を書き出すと

次のようになります。

「いずれもオランダ国からの奉納。

釣燈籠には寛永13年(1636)

4月17日奉納と

寛永御造営完成の日の銘がある。

蓮燈籠は廻廊の胴羽目下の燭台と共に

寛永17年(1640)に奉納された。

平成12年(2000)には

日蘭交流400年を記念して

アムステルダム国立美術館にて

開催された特別展覧会に出品されている。

廻転燈籠の奉納は寛永20年(1643)。

上部の葵紋が全て逆さになっていることから

逆紋の廻り燈籠と呼ばれる。」

へ〜

オランダからの寄進なんだ〜

しかも将軍家の家紋を

逆さまに造ってしまったのを

そのまま奉納したことが、

さらなる驚きですね!

その「逆紋」を拡大すると

こんな感じです。

間違いなく逆さまですよ!

日本の大名だったら、

絶対に造り直しているはず・・・

幕府も「オランダさんなら仕方ないな〜」

な〜んて思ったのかな?(笑)

陽明門の直下。

凄すぎる装飾。

陽明門の天井。

右側の随身。

左側の随身。

門をくぐって本殿側から撮影。

阿形の木造(多分)狛犬。

吽形。

逆柱さかさばしら

案内を書き出すと

以下になります。

「陽明門の12本の柱には、

「グリ紋」と呼ばれる

渦巻文様が刻まれているが、

門の北面の右から2本目だけ

その文様が下向きになっており、

「魔除けの逆柱」と呼ばれている。

我が国では、

完璧な状態には直ぐ魔が差し始めるとされ、

立派なものであるほど

意図的に文様の向きを変えたり

造り残しをしたりする。

この下向きの彫刻も

陽明門が未完の状態であることを示し、

崩壊を防ぐために

施されたと考えられている。

逆柱は本殿と拝殿にも見られる。」

「逆柱」

確かに文様が他の柱とは上下逆です。

陽明門(右)と唐門(左)

唐門の先は、

拝殿、本殿と繋がっています。

(続く)

 

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