大バエ灯台(平戸市生月島)

 

「バエ」

「大バエ灯台」は、

漢字で書くと「大碆灯台」となります。

読み方が難しいから

カタカナ表記にしたのでしょうが、

「大バエ」の文字を見ると、

インスタ映えなどの「バエ」を

想像してしまう僕がいます・・・

確かにここは「大いにばえる」場所、

略して「大バエ」(笑)

あながち間違いではありませんね。

僕の勝手な解釈はさておき、

「碆」(ハエ)について、

灯台近くの案内には、

「海に突き出た岬状の岩礁を指す方言で、

断崖の北側海岸に広がる岩礁が

狭義の「大碆」です。」と説明され、

また、この断崖について、

「大碆鼻断崖は、約数百万年前の

伊万里方面からの噴火で

何度も流れて来た溶岩(松浦玄武岩)が、

厳しい波浪を受け形成された海蝕崖で、

崖の高さは約80mに達します。」

このように書かれています。

「碆」が気になってネットで調べると、

高知県の足摺岬近くに、

大碆と良く似た地形の

「臼碆」(うすばえ)という、

素晴らしい岩礁を見つけました。

という事は、「方言」というより、

「碆」は、一般的に使われている

表現なのかも知れません。

灯台へ

生月サンセットウェイを満喫した僕達は、

遂に島の北端部に到着。

灯台近くの駐車場。

駐車場からは島の南側、

生月大橋も見えています。

(ズームで撮影)

少し歩き、

木々のトンネルをくぐると

突然見えてくるのが

大バエ灯台の雄姿です。

お~素晴らしい!

なんか最果ての地に来たみたい(笑)

途中で見つけた詩碑。

「渡り鳥 殉教の島 綴ゆく」

こんな詩が刻まれています。

地面に垂直ではなく

斜めに建てられている理由は、

渡り鳥からもこの詩碑が

見えるようにとの思いだとか。

「大バエ灯台」の表示が、

イーゼルに立て掛けられた

ウェルカムボードに見えて、

歓迎感は満載!

灯台手前の階段。

その中の一つの石が・・・

ハート形!

観光地あるあるかな?(笑)

外階段で灯台の上へ。

北側の素晴らしい景色。

灯台自体が地面に影を作り、

まるで巨大な日時計みたいですよ!

只今の時刻は16時30分(笑)

東側の景色。

南西側の景色。

こちらが冒頭に書いた

「碆」(ばえ)の断崖です。

絶景と称賛される

大バエ灯台からの夕陽ですが、

まだ太陽は高い場所から

僕たちに光パワーを送っています。

ここから2時間ほどかけて

佐世保まで戻るには、

日没を待つ訳にはいかず、

夕陽は次回までお預け(笑)

そして、ちょっと遊んでみたのが

こちらの写真です。

灯台の反射レンズに移った僕達と景色。

実際には逆さまに写るので、画像を

180度回転させたものです(笑)

生月島沿岸波浪計

ここには灯台と並んで、

ミニ灯台的な建物があります。

灯台&ミニ灯台?

案内には、

「生月島沿岸波浪計」

このように書かれています。

案内によると

屋久島、経ケ崎、石廊崎、

唐桑、上ノ国とともに

日本に6ヵ所しかない

レーダー式沿岸波浪計で、

平成24年に設置された、

最先端装置です。

弾薬庫が灯台に・・

大バエ灯台には、

「戦争遺跡」という一面もあります。

灯台の裏側。

なんだか地下要塞の

入口みたいな雰囲気ですが、

それもそのはず、

ここは元弾薬庫ですからね!

案内。

一部抜粋してみると

「付近一帯は

太平洋戦争当時の陸軍要塞で、

砲台と探照灯が設置されていました。

灯台はこのときの弾薬庫を使用しています。

弾薬庫は周囲に空間を造って

二重の構造になっています。

室内に灯台の機器を設置し、

コンクリート厚80cmの

天井に穴を開けて、

灯台本体に登る急傾斜の

鉄梯子を取り付けました。

一部改造されていますが、

弾薬庫と石垣に

当時の姿を偲ぶことができます。」

このようになります。

軍事要塞が平和利用され、

現役で使われているのは、

実に素晴らしいことですね!

当時のまま残された石垣は、

近代のものなのに、

戦国時代の野面積みを彷彿とさせます。

国を守って戦った当時の軍人さんと

80cmのコンクリ削って

灯台建設をした方々に敬意を表し、

ここでツーショットを撮影。

これにて大バエ灯台の散策は完了です。

 

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