2021/12/02
小川阿蘇神社の大楠(熊本県宇城市)
知らなかった加藤清正の優しさ
巨木は神社の敷地内か
近くにあることが多く、
巨木を訪ねることは
神社に参拝することでもあります。
そこで、神社とその地域に
まつわる人々の相関図など
多くのことを知る事ができます。
今回の熊本の旅で
知ったことの一つは、
「加藤清正」の知らなかった一面です。
僕が抱いていた
加藤清正のイメージは闘将、猛将で、
体力勝負的で粗野な人(笑)
それに豊臣政権での実務派、
石田三成との対立などです。
しかし、実は、難攻不落の
熊本城を作った築城名人で、
神社を崇敬し、地元から
慕われていた人だということ。
「ユビキタス」な世の中と言われ、
わざわざ現地へ行かなくても、
ネットさえあれば
即座に全てが調べられ
仕事もできる現代ですが、
「調べたくなるきっかけ」は
「行動」にあり
行動して、ユビキタスな
生き方をミックスさせると
自分の世界は無限の広がりが出来て
楽しさ倍増になりますよね。
そして、今回訪問した巨木でも
逸話を知り、体験が出来ました。
小川阿蘇神社へ
「宇城市」という名前は
知りませんでしたので、
今回の巨木訪問で増えた
知識第一号です(笑)
小川阿蘇神社の境内前は
小さな駐車スペースがあり
そこに車を停めさせてもらいました。
そこから見上げると
大楠がお出迎えしてくれます!
綺麗な注連縄が張ってある
鳥居の向こうには
神社を守るように
大楠がそびえています。
案内板では樹齢1300年となっていて、
熊本城築城の時の
逸話が書いてありました。
その逸話とは別に
僕がWikipediaで調べたところ
この神社の領地は
島津義久が寄進したそうですが、
佐々成政に取り上げらてしまい
その後キリシタン大名の
小西行長により
社殿の焼き討ちにあいますが
加藤清正によって
佐々成政が取り上げた領地は
元通りに返されたというのです。
カトちゃん、偉い!(笑)
案内板には「樟」の漢字が
使われていますが、
正直「楠」と「樟」は
同じ木だと認識していますので、
僕の文章では基本は
漢字変換ですぐに出る
「楠」と表現することが多いので
ご了承くださいね!
石段を登っていくと
さらに視界が楠だらけになります(笑)
素晴らしい伸びやかな大楠。
拝殿が見えて来ました。
目が愛くるしい石の馬。
吽形(うんぎょう)の狛犬
拝殿向かって右の
阿形(あぎょう)の狛犬
参拝の前にここから振り向くと…
いや〜素晴らしい景色ですね!
鳥居や手前の手水舎と比べても
楠の大きさがわかります。
そんな光景を目に焼き付けて参拝。
左が拝殿、右が本殿。
別の角度から撮影するとこんな感じです。
渋い拝殿と、朱赤の本殿の
コントラストがいいですね!
この小川阿蘇神社の特徴は、
全てのものに注連縄
(しめなわ)が張ってあること。
ご覧の拝殿、本殿、狛犬、
石の馬、手水舎、鳥居、そして大楠。
これだけ丁寧に綺麗な注連縄が張ってあると
「あ〜神様と物を本当に
大切にしている神社さんだな〜!」と感じ
僕の日頃汚れまくった心も
綺麗サッパリ(笑)洗われます。
そして、この神社の素晴らしいところは、
これだけではなく
古いものを大切に
「保管」しているのではなく
「現役として」使用しているところです。
その一つが、
この圧倒的な存在感を放つ古い扁額。
「元禄12己卯年」の文字が見えるので、
調べてみると1699年で、
この扁額は、
何と300年以上も前のもののようです。
「元禄」と聞いて赤穂浪士の
討ち入りを思い出しましたので
調べてみるとこの扁額が出来た
二年後の元禄14年の出来事でした。
こんなに歴史あるものが、
さりげなくあるなんて、
小川阿蘇神社、凄いですね!
それともう一つ、
目に飛び込んで来たのがこちらです。
こんな扁額、見た事もありません!
遠くからは、
ミノムシみたいに見えたのですが(笑)
近くで見ると、
古木に「小川神」の文字がありました。
いつごろ作られたものなのか、
言われは何なのかは
書いてありませんでしたので、
よくわかりませんが、
とにかく凄いものがある神社です。
そんな凄い小川阿蘇神社で、
凄いツーショット?(笑)
今日の癒し
小川阿蘇神社に行く前に
立ち寄ったランチに癒されました!
特に胃袋が(笑)
僕が食べたのは唐揚げ、
ホルモン、うどんの定食で、
ご覧のようにボリューム満点で、
安いし、めっちゃ美味しいのです!
妻は何を食べたかは
忘れましたが(笑)二人して大満足。
佳倉(かぐら)という地元のお店、
お客さんも満員で超人気。