2024/01/17

岡崎八幡宮(山口県宇部市)前編

 

西向きの神殿

岡崎八幡宮の案内には、

「岡崎八幡宮は船木地区の

産土神うぶすながみ(土地の守護神)です。

多くの産土神は南面していますが、

船木地区が一望できるように

全国でも珍しく西に向かって

神殿が建てられています。」

このように書かれていて、

岡崎八幡宮をGoogle Earthで見ると、

まさにその通り、

産土神として地域の人々を

優しく見守ってきた姿が

よく分かります。

現在でも神社東側は山で、

西側(左側)に集落が広がっています。

昔の人々からしたら

常に神社が見えることは、

大きな心の支えだったかも知れませんね。

西参道

参道は神社正面の西側と

側面の南側にありますが、

やはり集落の人々の

気持ちになってみたいので、

まずは西参道から本殿へ。

集落側から見ると、

正面のクスノキと

右側のイチョウの巨木(御神木)が

神様のいらっしゃる場所の

目印だった気がします。

一の鳥居。

江戸時代中期〜後期位の

建立でしょうか?

石段で境内へ。

皇紀2600年(昭和15年)記念に

奉納された二の鳥居。

鳥居をくぐると

御神木のクスノキがお出迎え。

枝の広がりも立派だし、

素晴らしい樹勢ですね!

江戸時代っぽい狛犬。

吽形。

妻との比較で、

クスノキの巨大さを証明(笑)

「岡崎八幡宮のクスノキ」

内容は神社の沿革も入った

総合的な内容で、

抜粋すると以下になります。

「神社の縁起によると

宝亀元年(770)

和気清麻呂が豊前国(大分県)

宇佐八幡宮の分霊を勧請したとあります。

一時衰退していましたが、

応永三年(1396)、

大内義弘が再興し神田を寄進しました。

その後戦乱に巻き込まれ、

歴代神宝や社殿が焼失しましたが、

天正四年(1567)に

杉重良により再興され、

続いて毛利氏もたびたび修復を行いました。

当社は清酒の御神酒の醸造が許可されている

全国に四社しかない神社の一つとしても

知られています。

このクスノキは、

高さが約20m、幹周囲は4.4m、

樹齢は約700年と推定される古樹です。

宇部市を代表する

巨樹のひとつで樹勢もよく、

新緑の季節には黄緑の葉が良く茂り、

船木の守り神の樹としての

威厳を感じさせます。

この樹に寄生する

シーボルト・コギセルという巻貝は、

潮の干満につれて幹を上下すると言われ、

海上安全のお守りとして珍重されました。」

手水鉢

参道を挟んでクスノキと向かいに建つ

手水舎は見どころ満載です。

屋根は入母屋破風、瓦葺で、

軒下の木組も二段、

しかも注目すべきは、

四隅の木の柱の外には、

石の柱が建てられて、

木が腐食してもそれだけを

取り替えれば元通りになるという

優れものです。

いったい誰がいつ建てたのでしょう?

そして、手水鉢に注目。

奉獻の「獻」の彫りの深さが

ハンパないのです!

妻の手の平が全部入るくらいなので、

深さは20cm近いでしょうか?

これだけ彫っても石が崩れないのが、

また、驚きです。

デザインもオシャレで、

奉納は、

寛政十二年(1799)

三月吉祥日。

奉納から220年を超えています。

御社殿

手水完了後、拝殿へ。

拝殿。

冬の午後の参拝だったにも関わらず、

順光で写真撮影が出来たのは、

西向きだったことが幸いしています。

参拝。

素晴らしい神龍の彫刻。

軒下の彫刻も凝っています。

拝殿から本殿へ。

本殿に参拝。

本殿の彫刻も繊細ですね!

屋根の下には逆さ狛犬の表情、

睨みが効いていますな〜!(笑)

この後、

南側の参道や境内社を巡ります。

(続く)

 

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