大波止(2019年福山の旅)

 

江戸時代の石造り防波堤

鞆の浦は江戸時代からの眺めが

本当に多く残る稀有な町です。

そんな風景の一つが、

寛政三年(1791年)に出来た、

石造りの堤防である大波止です。

この大波止を紹介されているサイト、

近世以前の土木・産業遺産によると

「石工は備前・児島栄五郎、

播州高砂・工楽松右衛門により

修理+延長、全体が野面石を利用した

穴太整層積みになっているが、

部分によって谷積みや

布積みに変化しており、

年代や石工が異なることが伺える

堤体に7つの階段雁木がほぼ等間隔に設置

先端部分は明治18(1885)築造のもの」

このように書かれています。

大波止へ

大可島城の先端部分に続けて

構築されたのが、大波止です。

対岸の淀媛神社から見た大波止。

その背後には、船番所跡、

圓福寺・大可島城が見えています。

突端まで行ってみました。

花崗岩の石積みは、

温かい感じがして、心和みます。

湾内の向かいには鞆の浦の

シンボルとも言える

常夜燈が見えています。

江戸時代の絵図を見ると、

この大波止にも常夜燈がありました。

1824年に延長、修復され、

明治時代にも突端部分を

延長したそうなので、

その時に撤去されたのでしょうか・・・

ちょっと見たかったかも(笑)

突端から見た淀媛神社。

神社下にも同じ時期に造られた

波止が見えています。

そして、今の鞆の浦の港の景観が

ほぼ完成されたのが、

大波止から南にある玉津島の波止です。

手前の堤防の向こうに見える

玉津島。

ここも江戸時代、

1847年に造られた波止なので、

興味津々でしたが、

時間が無く・・・いえ、体力が無くなり(汗)

訪問は次回となりました。

最後の〆はツーショットではなく

大波止の先端近くからの

360度動画撮影。

天気が良くて真冬とは思えない

環境の元で撮影できたのは、

かなりラッキーでした。

今日の取りこぼし

このブログを書いていて、

冒頭に書いた、

「近世以前の土木・産業遺産」

というサイトに出会い、

その内容を読んで、

実はこの大波止の陸との境部分には、

多数の素晴らしい雁木(石段)が、

あることを知ったのです・・・

う~ん見ていない(汗)

やはり同じ方向ばかり見るのではなく

反対を見てみるのも大切ですね(笑)

 

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