大富神社(豊前市)後編

 

火の神様

大富神社の参拝は、

2月初めの寒い日でした。

その境内で遭遇したのが焚き火です。

焚き火を囲むようにして

ベンチが置かれています。

参拝者が暖をとれるようにとの

神社さんの優しいお心遣い、

ホントに有り難い限りです。

焚き火って、

体が暖かくなれるだけでなく、

何故か心まで落ち着くから不思議です。

そんな焚き火に癒やされつつ、

妻と二人で手をかざしていると

気になった薪が一つ・・・

ハート型?(笑)

しかも切り口が、

何だか笑顔のように見えてしまい、

さらに癒やされます・・・。

帰りがけに焚き火を見ると、

先程の薪の姿は炭に・・・

火の神様、迦具土(カグツチ)さんは、

その母、イザナミの陰部だけでなく、

薪もしっかり焼いてくれていました(笑)

境内社

本殿参拝後は、

境内社へ。

御祭神不明の境内社。

築城蚕神社。

このあたりでは、

養蚕業が盛んだったのでしょうか?

本殿前の簾に何故か感動(笑)

山田の感応楽

大富神社には、

令和二年、

国の重要無形民族文化財に指定された

「山田の感応楽」という楽打ちが、

伝わっています。

案内を要約すると

「口伝書によれば文武天皇酉年(697)

より始まったと言われ、

小倉の道原楽とともに

旧豊前地方を代表する楽打ちである。

五穀豊穣、雨乞、天下泰平、

国家長久を祈願することが目的であり、

人事を尽くして及ばざる、

最後の手段として神前に奉納された。

役柄は団扇使二人、

中楽六人、笛十二人、

鐘打二人、読立の少年正副二人、

さらに五色の幣をつけた

子供達(側楽)で編成される。

激しい律動により、

神と人とを感応させようという、

緊張感をみなぎらせて演ぜられる

勇壮な楽である。」

このようになります。

どんな楽打ちなのかは、

こちらの自動販売機で

知ることが出来ます(笑)

百聞は一見にしかず(笑)

神社でいただいた

「おおとみだより」によると

「今後は、人材の育成に力を入れると共に

装具など今まで通り

自前で調整出来る事を目指し、

入手困難な腰蓑の材料の

ヘラの木を百本植樹しました。」

こう書かれています。

この現代において、

木を植えてまでして

腰蓑を自前で作るとは、

大富神社さんの本気、

心から敬服しますよ!

豊前市の岩戸神楽

大富神社のもう一つの文化財、

岩戸神楽の案内。

案内を超訳すると

「大富神社の社家、

清原家によって伝授されたのが

大村神楽(岩戸神楽)です。

大富神社では、毎年、

正月元旦の日付が変わるとともに

「湯立神楽」が奉納されます。

燃え盛る炎の中で演じられる

幻想的な舞は、

まさに新しい年の初めを

祝うにふさわしいもので、

豊前の夜神楽を代表する

演目と言えるでしょう。」

このようになります。

勿論、神楽殿もあります。

勅使井

次は東側の参道へ。

その途中にあるのが、

「勅使井」という名の井戸です。

案内を書き出してみると

「社記によれば、

勅使(天皇の特使)が

当社に参向の時

この井戸水を汲んで炊事に用い、

或いは茶水と為したところから、

「勅使井」の名がついたと伝えられる。

奈良時代以降、

宇佐神宮へたびたび勅使が遣わされ

その道中この地方に宿泊された時は、

古例に従って

「勅使井」の御神水を差し上げた。

明治以降は八回勅使参向があり

現在十年毎に勅使が遣わされ、

宇佐神宮勅祭が行われている。

この祭典にあたり

当社より「勅使井」の御水を

祭典用の御神水並びに

御茶水として献上している。

なお神護景雲三年(769)

和気清麻呂公は、

道鏡皇位事件に関し、

勅使として宇佐へ下り

その途中路上より

当社を拝礼されたので、

その地を伏拝野と称し

松を植え古跡として保存している。」

このようになります。

東側の参道へ。

木々に覆われ、

まさに御神域といった感じの

東側の参道。

勅使井に到着。

井戸へ。

両脇の燈籠は、

寛政二年(1790)の寄進。

井戸に参拝。

勅使井鳥居再建碑。

書かれた内容を超訳すると

「天明三年(1783)三月、

建立された鳥居は、

平成三年の台風17号で倒れたが、

その後、平成四年に新たな鳥居を建て

復旧された。」

こうなります。

そして、この前に横たわるのが、

天明三年の鳥居です。

天空の城ラピュタの

動かなくなったロボット兵を

思い出してしまいましたが、

こうして、倒壊した鳥居も、

そのままの形で、残すお気持ちに、

感動してしまいます!

境内東側

勅使井から少し歩くと、

川沿いの道になります。

対岸まで渡って撮影した風景。

東側参道入口の鳥居。

道路を挟んだ向かい側には、

駐車場と忠魂碑があります。

参拝。

再度、鳥居をくぐって参道へ。

川傍には幣が立てられた

禊場があります。

伊勢の神宮内宮にある

五十鈴川沿いの

御手洗場(みたらし)と

同じ意味合いの場所でしょう。

見ただけでも

何となく清らかな気持ちになれます。

さらに川中へ。

ここでは多くの小鳥がさえずっています。

うぐいす色と黒白のシマが入った鳥。

最近妻が「鳥好き」になったせいか、

多くの鳥たちがやってきて、

最後にはカラスの大群が

頭の上を飛び去ったのには、

思わず笑ってしまいました(笑)

境内北側

参道から逸れて、

森の中に入ってみると

こちらの神様がいらっしゃいました。

猿田彦大神。

導きの神様なので、

大富神社へのお導きに感謝して参拝。

明かりが差しているので、

そこから森を出てみると・・・

神社の裏側(北側)に出ました。

帰りはまた森を抜け、

東側の参道へ。

ここから御社殿方面へ。

勅使井手前の鳥居は、

新しそうに見えましたが、

柱に刻まれた文字は

寶暦九年己卯(1759)。

宝暦治水事件の翌年の寄進です。

東側参道から拝殿前を抜け、

西側参道を歩いて駐車場へ。

大富神社の参拝は、

これにてようやく(笑)完了です。

 

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