大歳神社・ライトアップ(下関市)

 

事件

この旅の初め、東行庵とうぎょうあんにある

高杉晋作の墓所に参拝しました。

その近くには、

各地において散逸しそうになった、

多くの奇兵隊士のお墓が集められ、

その一つに高杉晋作や奇兵隊を

物心両面でバックアップした

下関の廻船問屋、

白石正一郎のお墓もあります。

事件はそのお墓の前で起きたのです!

「私は幕府側だから・・・」

前々世が会津藩士だった妻(笑)は、

あろうことか、

「あんたは敵です」みたいな一言を

発してしまったのです(汗)

正直者の妻なのでこんな事は、

日常茶飯事で慣れっこな僕ですが、

さすがにこれは故人に失礼かと思い、

ちょっとドキドキしていました(笑)

ところが、

この一言が言霊となったのか、

旅の最後になって、

白石正一郎の聖地ともいうべき

大歳神社に引き寄せられたのです。

ここには、

白石正一郎にまつわる

二つの石像物があります。

こちらは8年ほど前、

大歳神社を参拝した時に撮影した

白石正一郎の立派な顕彰碑です。

こちらも同じく8年前に撮影した

白石正一郎が寄進した一の鳥居で、

この二つを持ってして、

大歳神社は白石正一郎の聖地と

勝手に呼んでいます(笑)

光に誘われて

この日の朝、

下関駅からレンタカー店に向け、

歩いているときに歩道橋から見たのが、

こちらの光景です。

大歳神社の長い石段と

その頂上の本殿を見て、

思わず歩道橋から遥拝したのですが、

レンタカー返却後の帰り道では、

陽が落ちて暗くなった後で、

歩道橋を歩いても大歳神社の事は、

全く忘れていました。

ところが、

僕たちの目に飛び込んできたのは、

こんな光景です・・

お〜これは素晴らしい!

幻想的なライトアップで、

これを見た瞬間、僕たち二人の気持ちは

「行きたい!お参りするしかない!」

これで完全に一致したのです(笑)

妻がお墓の前で、

「私は幕府側」なんて言ったから

きっと正一郎さんが、

「幕府側も勤王(明治政府)側も

平等に思いを伝えて欲しいな〜

お互いが歴史を紡いだんだし、

よろしくお願いしますよ!」

なんて、引き寄せてくれたのでしょう。

歩道橋を降りると、

公園の木々もライトアップで

歓迎感満載です(笑)

正一郎さん寄進の鳥居。

ちゃんとお名前も確認。

よく見ると

「白石正一郎越智資興」と

刻まれています。

「越智資興」の部分は伊藤博文が

明治初期まで「越智博文」と

記していたのと同じく、

四国越智氏の流れだという事でしょう。

石段は115段。

帰りのバスの時間が気になるので、

駆け足気味に登ります。

もうすぐ頂上。

到着。

拝殿にて参拝。

大歳神社の御祭神は四柱で、

その一番初めに記されているのが、

木花咲耶姫神このはなさくやひめのかみで、富士山の神様です。

ということは、

富士山愛が止まらない妻を

木花咲耶姫神が、

正一郎さんの気持ちに寄り添い、

ここに導いて下さったとも

考えられますね!

神額もライトアップされています。

木花咲耶姫神(浅間大神)に

平家打倒を念じた義経さんも

元気に弓を引いておられます。

ライトアップについて

案内がありました。

「平成十八年には、

下関市夜間景観整備事業第一号として

日本を代表する照明デザイナー

石井基子氏により

ライトアップを施されました。」

そうだったんだ〜!

夜間景観整備事業第一号というもの

なんか凄いですね!

※Wikipediaによれば「幹子」と書いて

「もとこ」と読むようです。

案内板に記された「基子」さんが、

別人でない場合、

こちらが正解だと思います。

神社からの景色。

帰りは石段を降りながら、

幻想的な雰囲気を堪能。

下関駅にて

バスで帰る予定なので、

バス停を探します。

下関駅。

バスターミナル案内図。

ここでふっと思ったのが、

「JRなら1時間早く家に着く」こと。

料金は高いけど、

結局帰りもJRを使うことに決定(笑)

小倉行きの入線。

関門トンネルを通り、

小倉で乗り換えて、帰路へ。

野村望東尼の足跡を辿る旅、

最後の最後まで気を抜けない(笑)

そして、

思い出深い旅になりました。

 

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