高森阿蘇神社(熊本県高森町の旅)

 

人と神様を繋ぐ役目

神社の宮司さんはじめ

神職さんは、我々「人」と「神様」とを

繋ぐ役目の方々です。

僕たちも色んな神社に参拝し、

そんな橋渡し役の人たちと

関わって来ましたが、

なんせ人見知りな僕ですから

きっかけが無い限り無言です(笑)

そんな僕が、神職さんの人柄に触れ

感動したのが、高森阿蘇神社でした。

高森阿蘇神社へ

宮崎県の高千穂町に近い、

草部吉見神社参拝の次に

車で高森峠を通って、約30分、

再び高森町の中心近くに戻って行ったのが

高森阿蘇神社です。

駐車場は神社向かってすぐ左横、

かなり広いスペースで、だれでも

安心して停められます。

もちろん、ここから境内に入って参拝する

近道は見えていますが、

やはり僕たちには、

正面から撮影しながらの

参拝は欠かせません(笑)

正面に回ってみると何故か杉の木の枝が、

境内の外側に多く、生い茂っています。

境内入り口。

石段の右側がかなり盛り上がっていて、

ここでも熊本地震の被害かと思いきや

そうではなく

杉の木の根っこが成長し、

石段を押し上げているのでした。

石段を上りすぐ右側の案内板。

江戸時代までは、

「矢村社」という名前だったと知って、

2016年の初詣で参拝した

阿蘇神社の参道脇にあった

矢村神社を思い出しました。

そして、その言われもその矢村神社

同じく、御祭神の健磐龍命

(たけいわたつのみこと)が、

その昔、「さて、どこに住もうかな?

矢が当たった所に住もう!」と考え、

阿蘇山上から放った卜矢(矢で占う)が

当たった場所にした神話でした。

矢の一つは、北側の矢村神社に当たり、

その一帯が阿蘇神社となり、

もうひとつは、南側の

この地の岩に当たったので、

ここが矢村社となったというものです。

ここで、そんな逸話に出会えるとは、

何とも嬉しいではありませんか。

そして左側にある手水舎には、

掃除をしている女性がいて、

その方からこの神社について

少しお話を伺う事ができました。

手水鉢(水盤)は、徳川綱吉の時代、

元禄十一年(1698年)奉納で、

赤穂浪士討ち入りの四年前です。

いきなり歴史的な凄いものを見て

ちょっと興奮気味になったところ

さらなる追い打ちが(笑)

元禄七年(1694年)建立の石鳥居。

手水鉢よりも4年も古いもので、

笠木・島木・貫・柱が継材となっていて、

佐賀県に多い肥前鳥居の構造と同じなのが、

とても気になるところです。

何らかの形で、

佐賀県の石工さんとの交流が

あったのかも知れません・・・。

一段上がったところに本殿があり、

その前には立派な桧(ひのき)が、

ご社殿を守るかのように

そびえ立っています。

見るから霊験あらたかな桧は、

やはり只者ではありませんでした。

樹齢は推定480年、

調査の結果、

桧の新種として南郷桧と命名され、

南郷桧の母樹として認定されています。

現在は一段高い境内に

社殿がありますが、

以前は社殿も同じ高さだったので、

桧の幹の根元部分の1.5m位は

埋まっているそうです。

(手水舎でお会いした方の話による)

そして、この石段手前の狛犬が、

また個性的なのです。

石の台座は昭和時代に

造られたもののようですが、

神社の資料によると

この狛犬自体は、江戸幕府八代将軍、

徳川吉宗の時代、

亨保四年(1722年)奉納です。

手水舎、鳥居、桧、狛犬と参拝前から

圧倒される歴史あるもの達を拝めて、

参拝を忘れるほどです(笑)

吽形。

歯をむき出しにして

睨みつけられました(笑)

桧の真ん中に建つ神門から見た拝殿。

こちらの紙垂(しで)は、

あまりみかけない、

立体的な形で、特別感満載ですね!

参拝。

本殿。

案内には、三百年ほど前の

建築だと書かれていました。

反対側から見た本殿と拝殿側面。

夫婦杉

本殿の直ぐ側には、

夫婦杉と言われる

大きな杉が立っています。

樹齢300年はあるでしょうか?

だとすると

現在の本殿が建てられたのと

時期を同じくして

植えられた杉なのかも知れません・・・

どちらも300年の風雪に耐えて、

今ここで、僕たちを見守ってくれています。

そう考えるとロマンチックですよね!

(全く的外れかもですが・・笑)

夫婦杉を見上げて撮影。

ん?

左側に幹の途中から

二又に分かれた杉もありますね。

本殿の後ろ側と夫婦杉。

本殿の前には桧(ひのき)群、

背後には夫婦杉と

神様を守り、また

引き立てるアイテムが

勢揃いの高森阿蘇神社です。

拝殿前に戻ってツーショット。

乾門(いぬいもん)

神社正面向かって左側には、

神額に「乾門」と書かれた

鳥居があります。

乾とは戌亥と同じく

西北を指す言葉ですから、

神社の西北にある門なのでしょう。

方位磁石で調べるのを忘れましたが(笑)

杉のご神木を祀っているのか、

他の何かがあるのかは、

分かりませんでした。

横から見た乾門(鳥居)

御神木の位置からすると

やはり木が御神体なのかも知れません。

それにしても十手のような枝ぶり、

個性的です。

観音堂

江戸時代までは、

神仏集合の神社ですが、

廃仏毀釈も逃れて、

観音堂は、

そのまま残っていました。

神社の正面入り口向かって右

乾門の反対にある石段。

観音堂の左側には後付の

物置?が併設されています。

左側の灯籠には、

宝永三年の文字が刻まれていますから

300年位前のものでしょうか。

延命十句観音経が置かれていて、

簡単に読経出来るようになっています。

お堂の入り口付近には、

ミニ梵鐘が架けられていて、

誰でも鐘を撞けるように

木の棒?まで装備されていました。

御朱印を授与いただく

拝殿向かって右横の無人の社務所には、

「御朱印の必要な方は50m手前の

宮司宅にお越しください」

このような内容の案内がありましたので、

行ってみました。

すると出てこられたのは、

さきほど手水舎でお話した女性でした!

多分、宮司さんの奥様なのでしょう。

玄関に座って待つこと少し、

授与していただいた御朱印がこちらです。

矢村社、南郷桧母樹、

そして・・・

成人の日まで書いてありますね。

そして、サプライズが・・・

何と、高森阿蘇神社さん

オリジナルのボールペンを

二人分、いただいてしまいました!

いや~恐縮至極ですが、

めっちゃ嬉しいですね!

神社名が入っているので、

まるでお守りのように感じられますし。

この写真の電話番号は、

僕が画像処理して消したので、

決して番号が、

剥げているのではありません(笑)

そして僕たちが神社の

歴史とかに興味ありそうなのでと

こちらもいただいてしまったのです。

A3の紙に印刷されたもので、

色々と詳しく載っています。

樹齢八百年の大杉が、昭和三年まで

立っていたのですね・・・。

巨木マニアの目はすぐに

ここを注目してしいまいました(笑)

参拝の最初と最後に

宮司さんの奥様とお話出来、

そして、御朱印をお願いしたら

逆におもてなしを受け、

高森阿蘇神社の温かさ、素晴らしさを

満喫出来た参拝でした。

 

  関連記事 - Related Posts -

 

  最新記事 - New Posts -

 

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください