宝八幡宮(大分県九重町)後編

 

フィトンチッド

宝八幡宮を参拝して

初めて知った言葉、

「フィトンチッド」。

神社で英語を知るとは、

なかなか珍しいと思っていたら、

「フィトンチッド」はロシア語なんですね!

そんな「フィトンチッド」の事は

本殿横の案内に書かれています。

「宝八幡宮(お宝さん)の杜」

内容を抜粋すると

「宝八幡宮の境内には、

うっそうたる老木 古木の針葉

広葉常緑樹等多数の樹木が繁っています。

(中略)

境内の樹木は、

生成の中で四季を通じ光合成を行い、

酸素を地上に供給し殺菌効果と

人体に生気と活力をもたらす

「フィトンチッド」を放出しています。

五十から百種類の

化合物の集まりであるフィトンチッドは、

スギやヒノキなどの針葉樹の方が、

広葉樹より揮発成分が多く、香りが高い。

(中略)

秋から冬にかけての落葉は、

チッ素・リン酸・カリ等の

栄養分の存在を示し、

フィトンチッドを足元より浴びることで

昔から体に良いと言われています。

紅葉狩りは夏バテの回復法で、

古人の知恵ともいえます。

(中略)

フィトンチッドを体内に取り入れ、

血液の浄化をはかり

細胞を若返らせ、集中力を養い、

末梢神経を刺激することで、

ストレスも解消します。

脳をリフレッシュさせ、香しい空気を吸い、

吹く風に身をまかせ、

野鳥や虫の音に耳を傾けられるのが、

宝八幡宮の杜です。

(後略)」

素晴らしく分かりやすい文章ですね!

全く科学とは無縁な僕が、

宝八幡宮の案内のお陰で、

森林浴を科学的な見地で

語ることが出来るようになりました(笑)

御神木

本殿参拝後は、

イチイガシの御神木へ。

本殿を護るようにそびえています。

ここはフィトンチッド満載ですよ(笑)

「宝八幡宮パワースポット」の標柱。

側面には、

「この大樹は町指定の天然記念物で、

四百数十年前に本社の宇佐神宮から

幼木を戴き植えたものです。

その名のとおり、「カシ」類の中でも

イチイといい、「一位」につながります。」

このように書かれています。

「宝八幡宮のイチイガシ」

こちらの案内を抜粋すると、

「胸高周囲3.82m・樹高28m」

「ブナ科ナラ属。

全国八幡宮総本社

「宇佐八幡宮」の境内参道には

この種の大木が多く、

イチイガシ林として

国の天然記念物に指定されている。

宝八幡宮は、戦国時代天正十四年

(1588)島津兵により

焼き討ちにあい全焼した。

その後の復興にあたり

イチイガシの幼木を移植した

(御神木として)のが、

この木であろうと思われる。

カシ類の中で一番寿命が長く、

巨木になる。

昔の槍の柄や長尺の船の艫は、

このカシに限るとされ、

実のドングリは、縄文時代には

(また飢饉などには)

貴重な食料源の一つであった。」

このようになります。

本殿とイチイガシ。

反対側から見たイチイガシ。

次に、本殿下のクスノキへ。

「宝八幡宮のクスノキ」

案内を抜粋すると

「胸高周囲4.9m・樹高30m」

「クスノキ科。玖珠郡の

地名由来となっているのがクスノキで、

伝説によるとその巨木の切株が

「切株山」であるという(豊前国風土記)。

新緑は極めて美しく、

庭園樹として広く植えられ、

特に公害に強いので、

街路樹としても注目されている。

成長が盛んで長寿のため、巨木が多い。

大材が出ることと保存性が高く

木目が勇壮なことから、

昔から神社建築に用いられてきた。

また材には樟脳を多く含み、

防虫の役割をするため

タンス・長持ちなどの収納家具や

彫刻材(神像・仏像など)にも使用された。

町内のクスノキとしては、一番の巨木」

このようになります。

ここで書かれている

巨木の切株(切株山)がこちらです。

以前行った角牟礼城から見た

伐株山(きりかぶやま)ですが、

ホントにこの山、

切り株に見えるから不思議です。

クスノキ全景。

御神木のパワーをいただく妻。

フィトンチッドも吸収したはず(笑)

境内社

次に境内社へ。

宮司社。

左が氏子社、右が神功社。

本殿右側の石祠と

宝篋印塔っぽい塔。

妙見宮の入口。

本殿は、ここから約50分、

宝山の9合目の

洞穴の中にあると書かれています。

写真もあって興味はそそられますが、

もちろん、登りません(笑)

僕たちはここで参拝完了。

七福の鐘。

鐘を打って心で念じ、

ご利益をいただくものです。

神門周辺

最後は、境内の一番下、

本殿からすると330段も

石段を下った場所にある

神門周辺の見どころへ。

車移動ですけど(笑)

境内図で言えば、

黄色の丸で囲った場所です。

神門。

詳しい案内。

超訳すると

「筑州(福岡)山家にあった

日輪寺八幡宮の神門だったものを

紆余曲折あって、ここに移築。」

こうなります。

一の鳥居。

少し石段を登ると

二の鳥居が見えてきます。

さらに登ると、二の鳥居の上に、

僕たちが本殿に登る起点とした

三の鳥居も見えています。

ここからUターンして、

神門前に戻り、

次なる目的、国東塔へ。

国東塔・板碑

宮司様宅から参道を挟んだ反対側に、

案内があります。

「宝八幡宮国東塔

「宝八幡宮板碑

←30m」

お~近い!

この距離、なんか元気が出ます(笑)

森の中には、

宮司さんのご先祖様の

お墓(多分)があり、

そこを通過。

到着。

案内を超約すると

「昭和53年10月、地主により

地下に散乱した状態で発見、

発掘され復元された。

戦国時代、島津兵が乱入した際、

破壊されたものと思われる。

国東塔は格狭間・反花の彫りなどからして、

南北朝時代の造立と思われる。

他に五輪塔・宝篋印塔も十数基分あり、

これらから推定し、

中世宝八幡宮の

大宮司甲斐家の墓地であろう。

板碑は、碑身左側に

「宝徳三辛未歳卯月廿三日」

(西暦1451年)の紀年銘があり、

六つの地蔵が

陰刻されていることから

六地蔵板碑と思われる。」

このようになります。

国東塔(お墓)と

板碑(お地蔵様)に参拝。

これにて、

宝八幡宮の参拝は完了です。

 

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