最上義光公勇戦の像(山形城)

 

逸品中の逸品

「最上義光よしあき公勇戦の像」が、

多くの騎馬像と一線を画すもの、

それは

後ろ脚の二本のみで、

約3トンもの構造物を

支えていることです。

僕は、こんな銅像、

日本では他に知りません。

東日本大震災でも、

びくともしなかったそうですから

その耐震性も脅威的。

まさに逸品中の逸品と

言えるでしょう。

平安時代建立の最上三鳥居とともに、

「山形県の誇り」に間違いありません。

北門

限られた山形滞在時間の中、

山形城を全て巡るのは無理・・

よって、本丸関連は捨てて、

「最上義光公勇戦の像」と

「二ノ丸東大手門」の

二ヶ所に絞り散策。

これで良かったとは思いますが、

山形城への未練、

かなり残っています(笑)

山形城は「霞城(かじょう)」の別名もあり

現在のお城は「霞城公園」として、

美しく整備されています。

僕たちは「北門」から入って、

すぐ傍の駐車場で、

コンビニ飯をかき込み、

ちょっとだけ北門を散策。

そして、最上義光公の元へと

向かいました。

北門前東側の堀。

北門前西側の堀。

北門から入城。

北門の城内側。

石垣の角は算木積み、

その他は打ち込み接ぎですから

江戸時代の築造でしょう。

トンボのお出迎え。

最上義光公勇戦の像

北門から車で東大手門の駐車場に移動。

ここからは徒歩。

散策路を少し行くと

いきなり左側に見えてくるのが

こんな光景です。

お〜!義光公だ〜!

やっぱ凄いな!

最上義光公、めっちゃカッコいい!

興奮しながらも

心を鎮め(笑)案内を確認。

「最上義光公勇戦の像」

案内を抜粋・要約すると

以下になります。

「慶長五年(1600)九月、

上杉方の直江兼続率いる

二万以上の大軍をむかえ、

自ら陣頭に立って指揮奮戦し、

敵を撃退し山形を死守した

山形城主、最上義光が

決戦場富神山にむかって

進撃せんとする英姿であります。

右手にかざして持っているのは、

鉄の指揮棒で、

「清和天皇末葉山形出羽守有髪僧義光」

と刻んであります。

銅像をとりまく縁石は

山形城三の丸を

かたどったものであります。」

次に、

銅像台座の石に組み込まれた銘板を確認。

最初に書かれた

「銅像創案 鈴木傳六」

これがこの銅像の全てと言っても

過言ではないでしょう。

「鈴木傳六」とは、

全国的に有名なお菓子メーカー「でん六」の

創業者である鈴木傳六さんのことです。

この人の、

「馬のお腹部分などに補強がない

全くの二本足のみで立つ

最上義光公の銅像を寄進したい!」

そんな強い思を受け止め実現させたのが、

後に書かれている人々や会社です。

このような経緯があって、

「創案」と言う形で

書かれているのでしょう。

また、山形市のサイトによると

「山形鋳物は約900年の歴史があり、

その技術は脈々と受け継がれています。

近年では、

東京スカイツリーで使用されている

エレベーターの滑車が山形市の企業

(渡辺鋳造所)によって

製造されたものであることが

メディアでも取り上げられました」

このように書かれています。

いや〜これも凄い!

山形鋳物も「山形県の誇り」の一つに

追加しないといけませんね。

遠景。

近影。

たまらんな〜二本足立ち!

その時、指揮棒の先には・・・

トンボですよ!

「勝ち虫」とも呼ばれ、

兜のデザインなどにも使われている

縁起の良いトンボがとまるとは、

めっちゃ感動しますな〜!

お顔ドアップ。

右前から東大手門とともに。

左後ろから。

右後ろから。

どの角度からも

とにかく素晴らしいとしか

言葉が見つかりません。

最後に顕彰碑を確認。

大満足でツーショット完了。

今日のラッキー

山形城に向かう途中で寄った

セブンイレブンで、

ラッキーをいただきました!

「青森県陸奥湾のほたておむすび」

「山形県つや姫の炭火焼きさばおむすび」

この二点を二人分買った合計金額は、

偶然にも「777」円!

セブンでスリーセブン。

東北ならではのおむすびと出会えた上に、

ラッキー777だなんて、

これで、テンション爆上がり!

超単純な僕たちでした(笑)

 

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