吉田神社(京都市)前編

 

吉田兼見

今回、吉田神社を参拝した理由は、

二つあります。

一つは、江戸時代、

幕府と良い関係を作り、

(取り入って・・笑)

日本における神社の総元締めになった

吉田神社自体を見たかった事。

そして、もう一つが、

明智光秀と親しかったという

戦国時代から江戸時代にかけて

吉田神社の神主だった

吉田兼見(よしだかねみ)の

足跡の一端に触れたかった事です。

吉田兼見をWikipediaで調べると、

「本能寺の変後に光秀へ

2回勅使となり、その礼として

光秀から銀50枚をもらい、

他にも2回会った。」

このように書かれています。

本能寺の変の後の短期間に

数回も光秀と会った人物ですから

相当親しい間柄だったのでしょう。

ひょっとしたら吉田兼見は、

光秀の信長襲撃計画を

知っていたかも知れませんね。

吉田神社へ

京都霊山護國神社

霊山歴史館から吉田神社までは、

タクシーでの移動です。

その前にこの界隈の

「京都らしい」町並みを散策。

この時、またもや雪。

京の旅、

移動時間は常に雪なんです(笑)

一念坂。

名所案内。

この後、すぐにタクシーが見つかり、

京都大学近くの吉田神社へ。

吉田神社の社頭に着いた時には、

雪はなくなり、青空まで見えています。

タクシーの運転手さんの話だと、

一週間ほど前にあった、

吉田神社の節分祭は、

京都でも有名な行事で、

節分には参道は露店でいっぱいになり

膨大な人出で賑わうそうです。

慶応元年寄進の灯籠。

左側の灯籠。

吉田神社の境内は広大で、

御社殿は遥か彼方(笑)

ようやく手水舎に到着。

井戸水なんでしょうか?

横には古そうな井戸もあります。

二の鳥居。

今宮社

鳥居をくぐると

すぐ左に境内社である「今宮社」が

鎮座しています。

本社を先に参拝する

本来の参拝方法とは順番が違いますが、

効率重視で(笑)まずはこちらを参拝。

境内社と言っても、

小さな神社以上の規模ですね。

拝殿。

本殿へ。

朱塗りも綺麗で、

手入れの行き届いた御社殿です。

賽銭箱の

五瓜に桔梗(ごかにききょう)紋。

最近、桔梗関連の紋を見ると、

坂本龍馬や明智光秀の

桔梗紋を思い出し、

ついそれと関連付ける癖がついてしまい、

困ったものです(笑)

こことの関連性は

多分無いでしょう・・・。

参拝。

今宮社四神石

本殿が鎮座する敷地には、

四神石と呼ばれる、

四方を守護する石が置かれています。

案内。

東南の青龍石。

何となく龍っぽいような・・・。

西南の白虎石。

虎の形に見えるかどうかは別にして、

「虎柄」には見えます(笑)

西北の玄武(亀)石。

これだけは、完璧に?

亀とわかりますね!

そして、

案内にあったように、

東北の朱雀石は

「内陣にありと伝えられる」

という事で、

肉眼では見られないものの

東北は艮(うしとら)といい

鬼門とされる方位ですから、

何か特別な仕掛けを考えて、

内陣に置かれたのかと

想像を逞しくさせてくれます。

本宮へ

吉田神社は本宮と、

大元宮(だいげんぐう)という

二つの見所、参拝どころがあり、

まずは、本宮に参拝します。

ここから石段を上り、

本宮へと歩きます。

境内図。

鹿のオブジェ?

参拝者が撫でて

ご利益をいただいているのでしょうか、

頭や背中がピッカピカです。

御社殿へ。

神額。

御由緒。

拝殿。

中門と回廊。

下がり藤の神紋は、

奈良の春日大社と同じですね。

中門から本殿に参拝。

ちょうどこの時、どなたかが

ご祈願をされていましたので、

ラッキーな事にこんな写真も撮れました。

朱赤の装束の神主さんと

朱赤の本殿。

やっぱり絵になるな~!

今日の注目

中門右横で見つけた井戸に注目。

この石を組み合わせた作り、

古さは江戸時代ですね。

何も説明が無いので想像の範囲ですが、

上部を青竹で覆ってあるのは、

今も「井戸」としての

機能を果たしているからでしょう。

 

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