吉田神社(京都府)後編

 

結果良ければ・・・

明治維新というものは、

ある意味、革命であり

クーデターでもあると思っています。

江戸時代までの価値観が覆され、

今まで信じたものが否定され、

新たな秩序が求められる・・・

中でも神社とお寺こそが、

一番、革命の嵐にさらされたのかも

知れません。

そして、

今回参拝した吉田神社の大元宮は、

江戸時代には神社の中心であり

伊勢神宮を凌ぐほど神道の中心でも

あったようですが、

明治維新後には情勢は変わり

皇祖である天照大神を祭る、

伊勢神宮が最高神と確立された後、

今では、境内社の一つとして、

本宮とは少し離れた場所に

佇んでいます・・・。

ただ、時代が移り変わり、

その使命が変化したとしても、

今も尚、吉田神社の最重要建造物には

違いないはずです。

そんな凄い建物を

ようやく見られると思うと

ワクワク感が止まりませんでした。

が・・・

予期せぬ展開が、

僕たちに起きたのです(笑)

まあ、結果が良かったので、

忘れられない思い出として

心に刻まれましたが、

それはもう近来稀に見る(笑)

変わった体験でした。

山蔭(やまかげ)神社

本宮から大元宮を目指し、

歩き始めるとすぐ見えてくるのが、

二つの鳥居です。

左側は菓祖神社と名付けられた、

お菓子好きの僕たちには、

何とも魅力的な神社なのですが、

ここはぐっと我慢して(笑)

大元宮への近道である右の参道へ。

分かれ道から歩くこと1分で、

山蔭神社に到着。

御祭神が、どなたなのかと

案内を見てみたら、

こちらも何と食べ物関係ですね!

「料理飲食の神様」!!

食べる事が大好きな僕たちには、

ピッタリな神様ではないでしょうか。

案内によると、

「御祭神の藤原山蔭卿は、

奈良春日の大神を勧請し、

平安京鎮護の神として

吉田神社を創建され

又、我が国においてあらゆる

調理調味づけられた始祖であり

古来包丁の祖、

料理飲食の祖神にして

崇敬厚き神である」

なるほど~

だから吉田神社の御神紋は、

春日大社と同じ、「下り藤」だったんだ~

と、ここで今さらながら大納得。

下調べしていないが故の感動ですね(笑)

参拝。

これで美味しいものを

沢山食べられるはず(笑)

本殿を囲む石玉垣は、

全国各地の飲食店の奉納で、

その中に僕たちが知っている

「新三浦」という

福岡の料亭を見つけました。

そして、両脇には、「祇園 新三浦」

「木屋町 新三浦」の玉垣が・・・

新三浦って、京都が本店だったのかな?

しかし、福岡の新三浦は、

「福岡名物・水炊き」の店だしな・・・

そんな事考えて、後で調べてみると、

何と祇園も木屋町も

「京名物・水炊き」で

有名なお店のようです。

さらにWikipediaで「水炊き」を調べると、

水炊きは主に関西と九州で

食べられてきた料理と書かれています。

へ~そうだったんだ~水炊き。

さすが、料理飲食の神様、

僕に新たな食べ物の知識を

授けてくださいました。

ただただ、感謝です!

料理家で有名な神田川敏郎の

堂島 神田川などの奉納もありますね。

大元宮

吉田神社で最も興味があるのは、

全国の神社でも

唯一無二の存在である(多分)

大元宮(だいげんぐう)という斉場所です。

山蔭神社から坂道を少し上ると

文化財には必ず付き物の(笑)

HITACHI提供、重要文化財看板が

僕たちを待っていました。

建立(安土桃山時代 慶長6年)

(1601)と書かれています。

関ヶ原の戦いの後も1603年に

江戸幕府が成立するまでは、

安土桃山時代なんだ~っと

変なところに関心してしまいます(笑)

もうすぐです。

大元宮の手水舎。

さて、参拝・・・

ですが・・・

ガーン!

既に中門が閉まっていて、

大元宮は屋根の千木以外には、

何も見えません(汗)

え~まだ5時前なのに・・・

気を取り直して、

社号標を撮影しても

心はモヤモヤ、ザワザワ・・・

屋根のてっぺん付近が見えたので、

少し高い所から撮影してみるも

精神的な動揺がバレバレで、

中門を手前の木で覆ってしまう

訳がわからん構図の写真ですよ・・・

心を落ち着かせようと、

案内を読んでみます・・・

「本殿は(中略)平面上八角形に

六角形の後房を付した珍しい形」

「全国のあらゆる神々を祀るため、

当社に参詣すると全国の神社に

詣でることと同じ効験があるとされる」

う~ん、頭に入って来ません・・・

戦後期時代、本能寺の変の後、

明智光秀が殺されるまでの

僅かな間に、光秀に数回面会している

吉田神社の神主、吉田兼見の時代に

建立された大元宮を

ひと目見たかったという意識が

僕の頭を支配しています・・・

「やっぱり見たいな~、

大元宮本殿が」(心の声)

と駄々っ子のように思っていたその時、

中門の扉に出来た

節穴が丸く開いているのを

偶然にも発見したのです。

節穴から覗く妻(笑)

そして、ここから見えたのが、

こんな光景です。

お~やった~!!

見えましたよ!大元宮本殿が。

しかもこの時、

急に太陽光が射して来て、

最高の写りです!

さらにズームでも撮影。

まさか、こんな参拝方法(?)に

なるとは思いも寄らない事でしたが、

僕たちの思いを「節穴の神様」がと

吉田兼見が、叶えてくれたのでしょう。

 

御朱印にも大元宮のスタンプが

押されています。

これで全体像もわかるかな?(笑)

ご利益満載の節穴を・・・

いや中門と節穴をバックに

最後は笑顔満載の僕たち。

吉田兼見の大きな足跡である

大元宮に触れる(見る)事ができて

もう大満足(笑)

やはり

「思った事だけが現実化する」

これって間違いありませんよ!

竹中稲荷社

大元宮の覗き見(笑)の

興奮も冷めやらぬ中、

さらに上に行きます。

境内社、竹中稲荷社の社頭。

御社殿へ。

拝殿。

竹中稲荷社と、天満宮の案内。

本殿にて参拝。

神額。

本殿斜めから撮影。

本殿向かって右側で見つけた

珍しい陶器製の灯籠。

天満宮

竹中稲荷社参拝の後は、

お隣の天満宮へ。

下半分だけを見ると、

ロボットの足のような鳥居(笑)

天満宮の定番「神牛」。

参拝。

菓祖神社

ここからは、

大元宮に行く途中で見つけていた

菓祖神社を目指します。

天満宮から丘を越えて、

下って行くと見えていました。

お菓子の神様の上には、

白い綿菓子のような雲が出現!?

偶然ではなく必然なはず(笑)

ここから境内へ。

「聖護院八ツ橋総本店」

やはり、玉垣奉納に

お菓子関係の会社は、

欠かせませんね。

御祭神は、お菓子の神様、

田道間守命

(たじまもりのみこと)と

餡入りの饅頭を作り広めた、

林浄因命(はやしじょういんのみこと)。

田道間守命は熊本縣護國神社

境内社でも祭られていたな~と

ちょっと回想(笑)。

綿菓子(笑)と菓祖神社の神額。

板玉垣内に鳥居もあって、

立派な御社殿です。

参拝。

「美味しいお菓子が、

一生食べ続けられますように・・・」(笑)

若宮社

本宮近くに戻って、

二つの境内社を参拝。

若宮社。

独立した拝殿。

本殿前で参拝。

神楽岡社

若宮社のお隣ですが、

石段は独立したものがあります。

まるでお城の石垣ですね。

参拝。

これで、吉田神社の参拝は完了です。

今日の注目

山蔭神社から大元宮に行く途中、

こんな石碑がありました。

左の石柱には「今宮神社址」の文字。

神社の跡に、立派な石碑まで建てて、

記憶に残してくれている

吉田神社さん、素晴らしいですね!

 

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