大東寺(呉市御手洗)

 

大東寺の由来

呉市のサイトには、

大東寺の由来は次のように記されています。

「御手洗にあった

「登光寺」と「隆法寺」という

2つの浄土真宗の寺院が

1942 (昭和17) 年に合併した際、

時の大東亜戦争に因んで

寺号が付けられました。」

「前身である「登光寺」は、

新屋吉左衛門の弟吉三郎が

出家して裕円と号し、

1724 (享保9) に

庵を結んだことに始まります。

(中略)

1825 (文政8) 年に

本堂が建立されました。」

新屋吉左衛門と言えば、

恵美須神社の灯籠

寄進していた方ですね。

信心深い兄弟です。

大東寺へ

恵美須神社から歩いて数分、

大東寺が見えてきます。

大東寺への参道。

千砂子波止から見えた

大クスのお陰で、このお寺との

ご縁をいただきました。

明治時代の写真にも

大クスが写っています。

(船の真上あたりです)

そして、アップしたものが、こちら。

どんだけクス好きなんでしょう(笑)

境内入口。

本堂。

僕たちをここに

引き寄せてくれた大クスの近影。

大きさの比較写真。

参拝。

本堂向かって右側の梵鐘。

左側はフックだけ・・・。

一つの鐘を左右に付け替えたりするのか、

それとも左右にあったのが、

一つ欠けたのか・・・謎です。

お堂の縁側でひなたぼっこする猫。

僕たちを見ても逃げる事もなく

のんびり寛いでいます(笑)

大クス下の忠魂碑に参拝。

最後にツーショットで参拝完了。

寺紋

妻が、「下がり藤!」

と言ったので、思わず撮影。

藤原氏と繋がりある下がり藤は、

春日大社の神紋にもなっていますが、

お寺なので、関係ないかな(笑)

藤棚を精魂こめて育てていた

妻のおばあちゃんを思い出します・・・

 

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