2017/12/28

愛媛縣護国神社(愛媛県松山市)

 

思いやりの奥深さ

妻は旅行が始まるまで足の痛さを隠していたんだろうか?

ろうかは走ってはいけない?いやそれは廊下だ(笑)

でも老化は始まっている…

そんな老化とは無関係に仕事で痛めたのか、とにかく妻は

歩行が困難なほどの足の痛みを抱えてこの旅に出たのだ。

きっと旅を止めたりしないように

僕への思いやりから黙っていたのだ。

そして、妻から思いやりのボールを投げられた僕は

それを受けとった今、

今度はどんな思いやりのボールを投げ返すのか?

ここで、旅を予定通りやるという妻の意思を尊重し

これからの旅程をそのまま全うするのか、または

痛み優先で観光を極端に減らしてどこかでゆっくりするのか…

でもこれは妻の本望ではないような…

考えても何も結論が出ないまま

タクシーで三津浜港から伊予鉄道の三津駅に向かいました。

※バスがほとんど来ないので贅沢にも(笑)タクシー移動です。

松山駅へ

伊予鉄道(通称いよてつ)の三津駅

駅に到着すると予定していたよりも一本前の電車に間に合いました。

これはラッキーでしたが、少し早歩きになったので、

僕の肩や腕につかまって歩く妻の足を考えると

不ラッキーだったかも知れません。

電車は愛媛みかんのイメージでしょうか、オレンジ系の爽やかな車体です。

車内の吊り広告には松山城のライトアップがありました。

時間の関係で夜の松山城には行けませんが、

今日の午後は松山城に行くので、 気分も高揚して来ます!

途中、松山名物「坊ちゃん列車」とも遭遇!

相変わらずラッキーな僕たち(笑)

伊予鉄道の大手駅で降りて5分ほどでJR松山駅があります。

この日はレンタカーで市内を巡ったあと今治市まで走り

そこでレンタカーを返却する予定です。

まずは駅前のオリックスレンタカーの場所を確認し、

腹ぺこだった僕たちはすぐ近くの食堂に入りました。

僕たちの超低予算の二倍はしますが、

野菜中心でヘルシーで美味しそうなメニューです。

二倍と言っても1000円ちょっとのランチなんですが(笑)

カウンターからはJR松山駅が正面に見えます。

見るからに身体に良さそうな内容ですね!

僕は雑穀ご飯とトッピングを

2度もお変わり(無料)してお腹はパンパン。

結局はヘルシーとは無縁?の僕でした(笑)

愛媛縣護国神社へ

松山駅から車で10分くらいで愛媛縣護国神社に到着

背後は山になっていて、

英霊が祀られているのにふさわしい荘厳さがあります。

鳥居と青空のコントラストが好き。

素晴らしい案内図

御由緒書きも写真付きですよ!

参道には近日行なわれる「みたままつり」で

提灯を掛けるポールがセットされていました。

拝殿ではなく神門にて参拝。

神門から撮影した拝殿。

神門から先は祈願の方のみが入場出来るようになっています。

足の痛さを感じさせない笑顔の妻とのツーショット。

そして少し境内を散策。

秋山兄弟で有名な秋山好古(あきやまよしふる)の謹書。

天壌無窮(てんじょうむきゅう)の文字。

天照大神がニニギノミコトが地上に天降られる時に与えた

「天壌無窮の神勅」からの言葉と思います。

これは「私(天照大神)の子孫(天皇)がこの国を統治しなさい、

そして永遠に豊かに繁栄するのだぞ〜」みたいな意味です。

確かに三千年くらい経ったいまでも天皇陛下が

象徴(シンボル)である日本はこの

「天壌無窮の神勅」は生きているようですね。

松山出身のイラストレーター茂本ヒデキチ氏が奉納した干支。

僕はこの人を全く知りませんでしたが、この絵に出会って、

そして護国神社の社務所で知りました。

社務所内の四方に飾られた茂本ヒデキチの作品「四神」

西の白虎、北の玄武

北の青龍、南の朱雀

この四神に守られて椅子に座っていられる参拝者は

何が起きても超安心ですね(笑)

そんな椅子で守られていた僕たちはここで御朱印をいただきました。

護国神社の神紋である「桜」も押印されています。

護国神社の桜を見る度に昭和19年11月ペリリュー島玉砕(全滅)の時

守備隊長だった中川州男(なかがわくにお)大佐(戦死後中将)からの

最後の電文「サクラサクラ」を思い出しつい涙腺が緩みそうになります…

また話しがそれましたが、境内社にも参拝しました。

こちらは神楽殿。

この神楽殿と本殿の間にあるのが、忠魂社。

参道入り口には沖縄で玉砕した愛媛の精鋭、

歩兵二十二連隊の記念碑があります。

社のすぐ手前にはこんな歩哨も立っておりました(笑)

参拝

愛媛縣護国神社には広大な緑地もあります。

「愛媛万葉苑」

植物圓と戦没者の慰霊碑群があります。

ここは筆を祀った「筆塚」

多くの英霊たちの碑があります。

ここは小高い場所になっていたので、

妻はベンチに腰掛けて待っていました。

一緒に回れないのは本当に寂しく残念な気持ちになりますが、

足の痛みには勝てません….

多くある碑の中でも特に僕が気になったものです。

この石碑に刻んである内容は

「熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな」

伊予水軍が唐と新羅の連合軍と戦う為に日本を出発した時に詠んだ

中大兄皇子(後の天智天皇)の妃である額田王(ぬかたのおおきみ)の歌。

結局水軍は武運つたなく白村江(はくすきのえ)で敗れ国難に殉じたことをしのぶとき

哀悼の情切なるものがあるというものです。

なるほど〜!日本の水軍は「伊予水軍」だったんだ〜!

と初めて知りました。

そんな感動もありつつ護国神社の参拝は完了。

妻の足は悪化の一途….(汗)

今日の癒し

護国神社博物館?の絵に癒されました。

心洗われる池の鯉。

この絵が飾られていたのはこんなところです。

男子トイレ!!(笑)

外観も中味も素晴らしくてとても癒されました〜

こちらが外観。

何と「お手洗 WC」の表示が石に刻まれているのです!

トイレ評論家(笑)の僕からすると今まで見てきた神社のトイレでは

ナンバーワンかもしれません。

追伸 女子トイレにもピンク系の素敵な絵が飾られていたそうです。

 

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