深堀神社(長崎県長崎市)

 

長崎の中の佐賀

深掘神社が鎮座する深堀地区は、

佐賀藩の家老、

深堀鍋島家が領主で、

深堀神社の前に訪問した

四郎ヶ島台場や神ノ島と同じく、

長崎の中に飛び地として

存在する佐賀藩の城下町です。

江戸時代の藩政では、飛び地が

日本全国無数にあったようですが、

現在の日本でも以外と多く

見られるようです。

自分の家に帰る(行く)のに

必ず他人の家の庭を通るみたいな

何だか変な感覚になるのは、

僕が考えすぎなのでしょうか(笑)

深堀神社へ

冒頭で書いたように

深堀は城下町だったままの姿が、

かなり残っている町です。

江戸時代と現代の町並みを並べた地図。

埋め立てられた海岸線から右側は

ほぼ江戸時代のままの区画ですね。

深堀の史跡紹介。

今見ると、再度深堀を

深堀り(笑)しないとという

気持ちになるほど見どころ満載です。

中でも気になるのは、

赤穂浪士の討ち入り的なものが、

深堀でもあっていたことです。

(討ち入りは、こちらが先輩です)

そして、ここに来た一番のおめあては、

この案内に書かれています。

天保八年(1837年)再建の鳥居。

深堀創設の由来が書き込まれた柱。

鳥居に文章を沢山書き込むスタイルは、

佐賀藩の特徴のようで、

今まで行った佐賀の神社では

多く見てきたものです。

鳥居の見栄えとしては、いいのか

悪いのか評価は分かれるでしょうが、

「記録」を後世に残すという精神が、

佐賀藩は旺盛だったのかもしれません。

その精神が幕末維新の活躍にも

関係している気がします・・・

境内側から。

こちらにも沢山の文字。

鳥居の裏側には、

「石工 防州徳山住 有田與治右衛門」

の文字が刻まれています。

お~ここも山口の石工ですよ!

僕たちは、山口県外の神社で、

山口の石工が作った鳥居や狛犬に

かなりの確率で遭遇してきました。

そんなこともあって、

今は、「何故山口の石工なんだろう?」

という気持ちが大きくなりつつあります。

いつかは解明したいものですね。

二の鳥居は現代的。

境内の石垣。

ここから御社殿へ。

御社殿の左側には、

趣のある常夜燈が一基あります。

「俵石山八幡宮」の文字があるので、

気になって調べてみました。

長崎旅行観光Naviというサイトによると

深堀氏が拠点とした俵石城(深堀城)を

守護する神社であり、同時に、

キリシタンに寛大だった深堀氏黙認の元、

隠れキリシタンが信仰する

神社が、俵石山八幡宮だったそうです。

山頂付近に鎮座する俵石山八幡宮の

常夜燈をここに移設したのか、

それとも深堀神社と一体なのかは、

わかりませんが、

この常夜燈のお陰でまた一つ面白い

歴史を知ることになりました。

常夜燈に敬礼!(笑)

拝殿へ。

拝殿前の狛犬。

吽形。

猿田彦命、天鈿女命の

夫婦神を祭る深堀神社の

拝殿内は、ぼんぼりの光が灯され、

なんだか神々しい雰囲気です。

境内社

まずは、本殿左側の天満宮から参拝。

鳥居。

天保十三年(1842年)建立。

参拝。

稲荷神社。

本殿右側の三浦神社。

領主、深堀氏の祖先、

三浦氏を祭っているようです。

毛むくじゃらな狛犬。

吽形も毛むくじゃら(笑)

愛嬌たっぷりですね。

参拝。

石祠。

合祀によってまとめられた

石祠でしょうか。

玉露菩薩。

お茶と関係あるのかな・・・(笑)。

ここで、深堀神社の参拝は完了し

最後に自撮りツーショット(笑)

めざましじゃんけん、

サザエさんエンディングのじゃんけんが

大好きな妻は、

ここでパーを出していました(笑)

 

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