2018/09/20

偉人モニュメント(肥前さが幕末維新博覧会)

 

最上級のおもてなし、佐賀県

明治維新から150年の今年、

鹿児島県や山口県など、

幕末の志士たちの出身県では、

記念のイベントが行われ

大いに盛り上がっているようです。

同じく幕末目覚ましい活躍をした

ここ佐賀県でも

「肥前さが幕末維新博覧会」が

開催されていることを知り、

今回の旅となりました。

「博覧会」というと

新たにパビリオンを作ったり、

お金がかかる割には中味が薄く、

どちらかというと一過性のもので、

あまり期待しないのが常な僕ですが、

ここ佐賀の博覧会のやり方は

正直、素晴らしいと感銘を受け、

行って良かったな〜と

心から感じました。

僕の勝手な想像ですが、

佐賀県は、この博覧会に関して、

既にある建物は上手く利用し、

建設費などの経費を抑え、

アイディアを駆使した上で、

必要なものにはお金をつぎ込み、

来場者へ最大限の「人間味ある」

おもてなしをしています。

その第一弾が、

「偉人モニュメント」です。

肥前さが幕末維新博覧会へ

妻は青春18きっぷの

最後の1枚を使用し、

僕は実費で福岡から佐賀に向かいます。

実費と言っても18きっぷ1日分と

さほど変わらない料金だし、

所要時間も普通列車で2時間前後と、

佐賀は行くには丁度良い距離なのです。

佐賀駅に到着した僕たちを

いきなりおもてなししてくれたのは、

佐賀藩第十代藩主、鍋島直正公でした!

この聡明な藩主がいたからこそ、

幕末の佐賀藩の活躍は

目覚ましかったし、

後世に残す

多くのものを生み出したのです。

佐賀駅前には映画「悪人」のロケで、

深津絵里と妻夫木聡が来ていました。

こちらは佐賀県公式

ご当地キャラクター「佐賀春」

なんか佐賀名物を

てんこ盛りにしたキャラですね(笑)

おにぎり…?

何で佐賀名物なのかと思ったら、

名産の有明海苔を表現していることに

今気付きました(笑)

佐賀駅から、

肥前さが幕末維新博覧会の

メインパビリオンまでは歩いて

2kmほど、25分位なのですが、

この距離を全く感じさせなくする

凄いアイディアが

「偉人モニュメント」なのです。

下記、肥前さが幕末維新博覧会のサイトから

一部抜粋させていただきました。

いや、このやり方は素晴らしい!

佐賀駅から

メインパビリオンまでの随所に

12カ所、25人もの偉人の

等身大モニュメントを

配置しています。

「歩く」という行為にフォーカスすれば

25分も歩かなきゃいけない、

あ〜疲れる…ですが、

「モニュメントを見て楽しむ」

という主旨ならば、見て歩きしてたら

いつの間にか会場に着いた…

こうなります。

しかし、

これは歩きの人だけの特権、

あ〜車で来なくて本当に良かった!

1カ所目

やはり、この人が一番、

真ん中が、

佐賀藩第十代藩主、鍋島直正、

左が直正の教育係だった

古賀穀堂(こくどう)、

右が、直正の義兄であり、

筆頭家老の鍋島茂義。

左が大隈重信、

貨幣制度を整備、太陽暦の採用、

早稲田大学の創設者。

右が副島種臣(たねおみ)。

明治政府での外務卿、

書家としても知られる。

左が枝吉神陽(しんよう)

「義祭同盟」を結成、

実弟の副島種臣はじめ、

大隈重信、島義勇(よしたけ)、

江藤新平、大木喬任(たかとう)らに

影響を与えた人。

真ん中ベンチに座っているのが、

佐野常民(つねたみ)

日本初の実用蒸気船

「凌風丸」の建造に関わり、

西南戦争で敵味方関わらず救護する

博愛社を創設し、

日本赤十字社の基礎を作った人。

右が島義勇。

佐賀の乱で死罪となったので、

地元佐賀では、今一歩

評価も低いようですが、

実は札幌の町を構想した人で、

北海道開拓の父と呼ばれ、

札幌市役所のロビーや、

北海道神宮には銅像もあり、

開拓神社には間宮林蔵らと共に

島義勇命(みこと)として祀られ、

彼の命日に合わせて、

慰霊祭(顕彰祭)も行なわれており、

札幌ではヒーローみたいな存在です。

左が江藤新平。

明治政府初代の司法卿に就任し、

日本の司法制度の基礎を築いた人。

佐賀の乱では志を果たせず斬首される。

右が大木喬任。

初の東京府知事であり

初代の文部卿で、全国に

5万校の小学校を作った人。

左が辰野金吾。

建築で功績を残した人。

日本銀行、東京駅などの設計者。

右が曾禰達蔵。

建築家で、慶応義塾図書館旧館など

を残しています。

佐賀の町の随所にある恵比須像。

中林梧竹。

書家、明治三筆の一人。

ビックリしたのは、

「なかばやしごちく」と

入力し漢字変換したら

いきなり中林梧竹と出た事(笑)

そんなに有名な人だったのかと

これで納得。

またもや恵比須像。

沢山あリ過ぎます(笑)

左は田澤義鋪(よしはる)

青年団の父と呼ばれる

社会教育家。

右は下村湖人(こじん)

名作「次郎物語」などを書いた

社会教育家。

左が、黒田チカ。

「紅の博士」と呼ばれる化学者。

右は、日本の電気工学の祖、

志田林三郎。

偉人には失礼ですが、

知らない人も多くなり

ちょっとだれてくる頃に、

強力なカンフル剤?が

用意されていました。

それが、こちらの二人です。

左が、森永製菓の創業者、

森永太一郎。

左が、江崎グリコの創業者、

江崎利一。

へ〜そんな有名な会社の創業者が

佐賀県の出身だったとは!

森永さんは、

ミルクキャラメルを持って

胸を張っています。

江崎さんは、グリコを

誇らしげに持っています。

二人とも水戸黄門が、

葵の紋が入った印籠を

見せつけ皆を平伏させる

みたいな感じですね(笑)

左が、蘭方医の伊東玄朴(げんぼく)。

鍋島直正の侍医となり

天然痘予防の種痘の必要性を

直正に進言し、1849(寛永2)年、

直政は我が子に種痘をし、

このことが、

日本における天然痘の根絶に

繋がっています。

僕は、昨年佐賀に来た時、

この事を知り、

200年近くも前に

失敗すれば死ぬかも知れない種痘を

一番に我が子で試した鍋島直正の、

人間の偉さ、凄さを感じたものです。

そして、右は相良知安(ちあん)。

この方も鍋島直正の侍医で、

第一大学区医学校

(現 東京大学医学部)の

初代校長です。

後ろが、石井亮一。

前が、妻の石井筆子。

二人とも知的障がい児教育、

福祉に生涯を捧げた方です。

そして、いよいよ偉人モニュメントの

フィナーレを飾るのは、

超有名企業の創業者のお二人です。

左はサロンパスで有名な

久光製薬の創業者、

中冨三郎。旧姓は久光三郎。

右は、カメラで有名な

リコー三愛グループ創業者の

市村清。

中冨三郎は、58歳の時、自身が

開発したサロンパスを持っています。

市村清はもちろんカメラです。

肥前さが幕末維新博覧会の

メインパビリオンは、

この市村氏が寄贈した、

市村記念体育館が使われています。

体育館丸ごと寄贈なんて、

やはり偉人という他ありません!

偉人モニュメントを楽しんでいたら

いつの間にか、

佐賀県庁が見えて来ました。

メインパビリオンは、

もうすぐそこです。

実は途中、僕たちは一カ所目の

幕末維新博の会場に立ち寄り、

そこでも大いに感動していました。

それも含めここまでで

既に大満足。

素晴らしい佐賀県の演出に

やられっぱなしの僕たちでした。

今日のシンボル

佐賀県の至る所で見かけるのは、

こんな魚です。

ムツゴロウ。

名前も容姿も

何て可愛らしい魚なんでしょうか。

これは間違い無く

佐賀のシンボルとして最高です!

 

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