2017/10/29

正八幡宮(山口県山口市)

 

重要文化財ラッシュの山口市

僕は木造の古い建造物が大好きです。

ネットで国宝や重要文化財を良く検索していますが、

その多くは関西地方、特に昔から政治や文化の中心だった

奈良、京都、滋賀に集中していて、正直、関西在住の方が羨ましいのです。

まあ、現実的にすぐには回れない関西地方のことは置いといて、

まずは地元近辺、九州、山口から攻めます(笑)

なので今回は山口県。

僕が住んでいる福岡県に建築物の国宝は無いのに山口県には3つもあるし

重要文化財も山口県の方がはるかに多いのです。

国の指定を受けていない文化財まで含めれば、その差はもっと開くでしょう…

その文化財先進県?とでも言える山口市へのドライブ旅行をしたのは一年以上前。

お隣の県なので、僕の経済力でも行く事が出来るし、

山口市には重要文化財の神社が集中しているし、

もう行かない手はありませんよね(笑)

山口へ

小見出しにするほどに九州から出るのはやはり感慨深いものがあります。

本州に行くぞ!ってな感じで、テンションも上がりまくり、

関門大橋を渡るときはいつもワクワクしますね!

助手席の妻に撮影してもらいました。

いつも浮世離れしてフワフワしている妻ですが、

これはかなりいい写真になったと思います。

正八幡宮へ

まずは山口市南部、海に近い場所に鎮座する正八幡宮(しょうはちまんぐう)へ参拝です。

参道はどこがスタートなのか、わからないくらい長く

ここが「元祖入り口」だと思い撮影。

階段の手前は参道をさえぎるような幅広の道路ですが、

昔はあぜ道のようにのどかなものだったのでしょう。

階段を登ると石橋が現れ、その先に一の鳥居が見えてきます。

神額(扁額)の文字が素敵ですね!

鳥居をくぐると趣のある石橋があり、

そして、なが〜い参道が見えてきます。

僕はこの舗装も、石畳もない土の臭いがする素朴な参道が気に入りました。

おそらく明治時代に建てられたであろう

「縣社」の石柱も形といい、大きさといい

この参道の雰囲気に実に映えているではありませんか!

こんな石柱(石碑)一つとっても建てる人のセンスは重要ですね。

さらに進むと二の鳥居が見えてきました。

案内板によると今から400年近く前、

このあたりの豊穣を祈願し氏子たちが建てたものでした。

歩いて行くと、燈籠に守られた参道の向こうに正八幡宮の御社殿が見えてきます。

こちらは来た道を振り返って撮影したもの。

上と比べると青空も綺麗ですよね!

この神社は西向きに建っています。

僕たちが行ったのが午前中の早い時間だったので、

神社を背後に撮影すると東からの太陽光は順光で、綺麗な写真が撮れるのです。

逆に言えば御社殿に向き合うと全部が逆光…残念(笑)

逆光という逆境にもめげず楼門付きの拝殿を撮影。

このデザインは山口県の神社に多く見られるもので、

県内各地に同じような形の神社があります。

場所によってはデザイナーが同一人物という場合もあるかも知れません。

重要文化財の説明。

1740年、毛利宗広が正八幡宮の社殿を建て替えたそうで、

これらが国指定重要文化財となっています。

拝殿にて参拝。

拝殿横には山口博物館に移設展示されている

500年以上前に作られた能面の説明があります。

能面の写真も飾られていました。

参拝が終わり、ここからは御社殿を一周回ります。

この正八幡宮、上から見ると「宮」の文字になるように建てられているそうで、

作った人のこだわりが素晴らしいですよね!

そんな事を考えて設計し、そしてこんなカッコいい社殿を作ってしまうのですから。

正面右前から

拝殿右横

ここを上から見ると「宮」という文字の「宀」の部分になります。

この風が吹き抜けていく拝殿の造りもいいですね。

本殿向かって右側。

本殿右後ろから。

ご神体が鎮まる建物を全部覆うように作られた本殿。

要するに家の中に小さな家がある構造で、

神様が本当に大切にされている感じがします。

 

本殿背面。

ここは「宮」の文字の「呂」の下の「口」の部分になります。

まるで高い塀のようで、鉄壁の守りですね!

本殿左後ろから。

本殿すぐ右側の拝殿との中間にある中殿(幣殿)が

「宮」という文字の「呂」の上側の小さな「口」になります。

毛利宗広のこだわりだったのか、デザイナーのこだわりだったのか

本当に後世の僕たちに楽しみを与えてくれてありがたいものです(笑)

拝殿左横の回廊。

ここを見てると僕の頭の中で、

山下達郎の曲「風の回廊」(かぜのこりどー)が

ヘビロテされてなかなか頭から離れなくなってしまいました(笑)

正八幡宮、重要文化財の名前以上に僕の心をわしづかみにした神社です。

本殿が隠されている神社、本殿敷地には入れない神社

そして、正八幡宮のように全身素っ裸、いや全部がオープンになっている神社、

神社の建て方や、あり方、神様への考え方って色々あって本当に面白いですね。

次に御社殿の右手に存在感のある鐘楼を見学。

これも立派です。

案内によるとこちらも本殿などと同じ年、1740年の建立でした。

こちらは山口県指定文化財となっていて、

神社にある鐘楼はかなり珍しいものと書いてあります。

僕の推測ですが、明治初期の神仏分離令で壊された鐘楼も

多かったからなのでしょう。

このあたりで、御社殿を背景にツーショットを完了(笑)

こちらは昭和20年3月、硫黄島で玉砕された英霊の碑。合掌。

神社のすぐ右隣には大師寺というお寺もあります。

ということは…

鐘楼が残っている訳がわかりました!

ここは神仏分離令を厳格には守らず、

お寺もそのまま残していたのかと思います。

もちろん全部推測ですが、そういえば、山口県を代表する神社である

防府天満宮にもお寺がありました。

山口の廃仏毀釈は穏やかなものだったのかも知れません(調べては無いです)

今日の癒し

参道の手前にいた赤いイトトンボに癒されました。

青色が多い中、赤色のイトトンボは珍しいな〜っと思い撮影。

いつものようにWikipedia先生に教えてもらったら

このトンボ、「アオモンイトトンボ」のメスでした。

オスは青色でメスは赤色なんです。

そうか、メスだからやっぱり妻のおばあちゃんが来てくれていたんだ〜!

 

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