早吸日女神社(大分市)

 

大分の中の熊本

町の周囲が全て他県で、

自分の本県との往来は、

他県を通行して移動するという地域が、

今の日本にもありますが、

江戸時代の日本にも

「飛び地」と言われる領地が

多々ありました。

早吸日女神社

(はやすいひめじんじゃ)が鎮座する

佐賀関町もその一つで、

江戸時代は加藤氏、細川氏と続く

熊本藩の飛び地でした。

早吸日女神社の歴史を知り、

御社殿、燈籠などを見ると、

大分に居ながらにして、

まるで、熊本にいるような気さえします。

それほどまでに、

領主と神社との関係は深かったのでしょう。

早吸日女神社へ

佐賀関に近づくと、

美しい海岸線が見えてきます。

道の駅佐賀関から撮影。

Google Mapでは辿り着かず、

人力(笑)を使ってようやく

早吸日女神社の社頭に到着。

この、一の鳥居の案内には、

「形状、台輪鳥居、品質、花崗岩。

寸法、笠木まで十八尺五寸、

地下埋設七尺余。

寛永十七年(1640年)

肥後細川初代藩主

細川忠利が寄進したものである。

額は二代藩主細川先貞(光尚)の

筆になるものと伝えられている

(社務所蔵)。

材は伊豆大島産と言われ、

柱に藩主、奉行、石工などが刻銘され

江戸時代初期の様式を伝える

貴重なものである。」

このように書かれていて、

江戸時代初期に

建立された当時の記録が

詳しく残る鳥居は希少です。

しかも寄進した細川忠利は、

細川ガラシャの子で、

明智光秀の孫という、

いきなり凄いものに出会えて、

ちょっと興奮気味な僕ですが、

妻は至って冷静です(笑)

早吸日女神社 由緒略記。

この御由緒、書き起こしするのが

大変そうなので、

Wikipediaをコピペします(汗)

「神社の縁起によれば、

紀元前667年に、神日本磐余彦尊

(かむやまといわれひこのみこと、

後の神武天皇)が東征の途中で

速吸の瀬戸(豊予海峡)を

通りかかった折りに、海女の姉妹の

黒砂(いさご)・真砂(まさご)の二神が、

潮の流れを静めるために海底から

大蛸が護っていた神剣を取り上げて

神日本磐余彦尊に奉献したところ、

神日本磐余彦尊自らが

この剣を御神体として、

祓戸(はらへど)の神(速吸日女)を奉り、

建国を請願したのが

始まりであるとされる。」

黒砂・真砂にまつわる、

姉妹岩というのが

この近くにありますが、

この縁起と関係あるのでしょうね。

(行ってませんが)

参道右側の忠魂碑にお参り。

早吸日女神社総門(随神門)。

案内を要約すると

「元禄十年(1697年)

肥後藩主細川綱利により建立。

神仏分離の際、内部にあった

仁王像二体を法心寺(鶴崎)に

移し、現在も同寺に存する。」

このように書かれています。

神紋は下り藤。

細川家の九曜紋ではありません。

随神様(阿形)。

随神様(吽形)。

総門をくぐると石橋の左右には、

境内社が鎮座しています。

厳島社。

こちらの御祭神は不明です。

手水鉢。

コロナ対策で、竹の筒から

水が出る仕様になっています。

真ん中には色とりどりの

ビー玉?が敷き詰められ、

歓迎ムード満載です。

ここから本殿へ。

拝殿。

燈籠のデザインが渋い!

火袋は細川さんの九曜紋ですよ!

左側の燈籠の台座には、

盃状穴が彫られています。

参拝。

唐破風の左には三重塔、

右側には亀に乗った

浦島太郎の瓦が配置され、

さりげない遊び心に

思わず笑顔が出ます。

浦島太郎アップ。

拝殿右側から本殿へ。

本殿。

本殿左後ろにある御神水。

汲み取って持ち帰られるように

柄杓まで準備されています。

御神水の真後ろにも

湧き水(山水)があり、

ここは、清浄さで溢れている場所です。

拝殿前でツーショット完了。

境内社など

本殿に参拝した後は、

境内社などへ。

神楽殿(衛士所)。

「慶長九年(1604年)

加藤清正が建立したものと

伝えられてきたが、

慶安三年(1650年)

肥後藩主細川綱利が改修し、

その後変遷を経て衛士所にも

使用されてきた」

(案内板による)

稲荷社。

早吸日女神社 伊邪那伎社。

世界初のチタン屋根神社と

書かれています。

炊井(かしきい)

「御供を炊く井戸

又の名を姿見の井戸と称し

心悪しき者は姿映らずと云伝う」

(案内による)

僕の姿は多分映らない・・(笑)

木本社。

神武天皇の水先案内をした

椎根津彦神が祭られています。

右、相殿社、

左、生土社(うぶすなしゃ)。

御供殿。

「正徳(1713年)

肥後藩主細川宣紀候建立」

(案内による)

左から、歳神社、天然社、若御子社。

護国神社。

天満社。

神明社。

これにてようやく

境内社の殆どは参拝完了。

とにかく、一社一社に案内があり、

場合によっては歴史も書かれ、

とにかく親切な早吸日女神社さんです。

そして、極めつけのおもてなしはこちら。

御朱印とともにいただいた、

大分の特産、冬菇(どんこ)と

アマビエのポストカードです。

この悪疫退散のアマビエさん、

江戸時代、熊本で発行された瓦版に

絵と文章で紹介されていたのが、

コロナ禍で一躍有名になったとか。

ここでも早吸日女神社と肥後とは

大いに繋がっていますね!

 

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