平戸御館(おたち)(長崎県平戸市)
雌伏90年
雌伏(しふく)とは、
一時期は強い者に屈しても
じっと我慢して活躍の機会を
待つという意味です。
徳川家康に豊臣家恩顧の大名として
疑われ、圧力をかけられ、
そして、忠誠を示すために
自ら平戸城を焼き払ったと言われる
(一部を焼き払い、それ以外は
火事だったとも書かれていますが)
平戸城主、松浦鎮信(まつら しげのぶ)の
深謀遠慮には敬服し、
学ぶ所が多くあります。
一時の感情で、短絡的に事を起こし、
自滅した大名たちが多々いる中、
体裁を捨て、時を待ち、
そして、城が焼けてから90年、
自分よりも4代後の藩主、
しかも江戸時代も中期になって
平戸城を再興出来たことは、
凄い話しだと思いますし、
また、新たにお城を作れるような
時代背景でもないのに、
幕府にお城普請の許可を貰うのは、
至難の業だったでしょう。
そんな松浦鎮信が平戸城の
代わりに建てたのが、
一万石以下の小藩主が政庁としていた
陣屋のような規模の平戸御館です。
(松浦氏は壱岐と松浦郡6万3,200石)
平戸城とは海を挟んだ向かい側の
小高い丘にあり、
松浦鎮信から4代の藩主は
ここから毎日、平戸城跡を見て、
将来の再興を誓ったのでしょう。
平戸御館へ
平戸城からは
車で5〜6分で、
平戸御館に到着します。
車は建物横の無料駐車場に停め、
歩いて入口まで戻って、
そこからまた平戸御館へ向かいます。
石垣や石段は当時のまま。
この日は伊能忠敬の企画展が
あっていました。
財団法人になっています。
水戸黄門っぽい感じの
松浦鎮信公の像。
あっ、杖じゃなく刀ですね(笑)
石段を登っていきます。
石垣と土塀。
正門前。
門。
「御用 測量方」の
幟が、幕府の勅命帯びた、
伊能忠敬の測量隊、
今ここに来ているぞ!みたいで、
なかなか素敵な
雰囲気作りになっています。
平戸御館の跡には、
明治半ばに建てられた松浦家の家が、
「松浦史料博物館」となっています。
分かり易い絵図。
JAF割引もありますよ!
中に入ってみました。
駕籠。
合戦図。
資料館には沢山の展示があり
楽しみましたが、写真は
この二枚しか撮っていませんでした。
見るのに夢中で写真を忘れていたかも?
千歳閣(せんざいかく)。
この中が展示場です。
昔はここが玄関だったのでしょうか?
千歳閣の裏側。
茶室もあります。
風情ある茶室。
平戸藩主の側室達がいた
「御部屋の坂」。
凄いですよね!
いくつもの館跡があって、
いったい何人の側室が
住んでいたのやら(笑)
一つの門が復元されています。
坂から振り返って見ると
平戸城が建っている山が見えます。
こちらは、平戸御館から見る平戸城。
ズームでも一枚。
平戸城と平戸御館をセットで
訪問すると、松浦氏が辿ってきた
苦難とその後の栄光の道を
そのままなぞって行くようで、
自分も歴史の中に取り込まれる楽しさが
満喫出来ました。