廣峯神社(兵庫県姫路市)中編

 

説明書きの有り難さ

廣峯神社の素晴らしさの一つに、

説明書きの多さがあります。

本殿はもとより、

全ての境内社にご祭神や

建立年、文化財指定など、

わかりやすい案内板が

立てられているのです。

しかも、そんな説明以上に

詳しく書かれているのが、

廣峯神社の公式サイトです。

このサイトの詳細を全て読むのは、

かなり至難の業と思うくらいに

懇切丁寧なのです。

本殿裏の境内社群

廣峯神社の境内社の多くは、

本殿の裏側に集約されていて、

そのどれもが江戸時代の建立で、

姫路市の有形文化財となっています。

背後から撮影した境内社群と本殿。

左が天神社、右が稲荷社。

天神社は、享保九年(1724)建立、

稲荷社は、宝暦十一年(1761)建立。

庚申社。

寛延四年(1751)建立。

山王権現社。

安永六年(1777)建立。

熊野権現社。

慶応四年(1868)建立。

大鬼社。

享保二十年(1735)建立。

冠者殿社。

十九世紀初頭建立。

行かなかった境内社

暑さで体力を奪われ、

気力が低下していた僕たち、

本殿背後の白幣山に鎮座する

吉備神社と荒神社の参拝は諦めました。

社号標の近くから遥拝。

後から知ったのが、

「山頂のパワースポット」磐座です。

まあ、写真で拝めばいいか~(笑)

官兵衛神社

廣峯神社ゆかりの黒田官兵衛の

官兵衛神社が

最近建立されています。

左は、父である職隆(もとたか)、

右は、官兵衛のお爺ちゃん、重隆。

昨年僕たちは、岡山県長船町、

妙興寺にある重隆と、

曾お爺ちゃんの高政のお墓に

参ったのを思い出しましたが、

妻はきっと記憶に無いでしょう(笑)

境内社とは思えない位の立派な玉垣。

中へ。

参拝。

神社のサイトによると、

御神体は、福岡市の大長寺に

安置されていた珪化木(化石)で、

「江戸時代、天明三年(1783)

姫路市で発見された

職隆公墓所より出土したうちの一つ」

このように書かれています。

要するに「里帰りした珪化木」が

御神体というわけなんですね。

地養社

ここは、蘇民将来を祭る神社です。

廣峯神社の御祭神、

牛頭天王が旅していた時、

優しくもてなした結果、

魔除けになる「茅の輪」をもらい、

今でも大切にされている神様です。

貞享四年(1687)の建立と

かなり古いものですが、

檜皮葺のメンテナンスも完璧ですね。

蛭子社

次に蛭子社へ。

嘉永元年(1848)建立。

参拝。

軍殿八幡社

境内社参拝のトリは、

拝殿向かって右横に鎮座する

軍殿八幡社です。

左側の拝殿。

石玉垣に囲まれた社頭。

建立は正徳元年(1711)。

案内版の左上に

シオカラトンボが羽を休めています。

参拝へ。

そして、何故か

不思議なものが写っています・・・

御社殿の左上に虹色のオーブが・・・

トンボちゃんと関係あるのかな?

その後、社務所にて

御朱印を授与していただきました。

「武大神」の意味は・・・

何でしょう?。

ここでツーショット。

しかし、廣峯神社の参拝は

まだまだ続きます。

(続く)

 

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