石城山神籠石(山口県光市)

 

無いけど有る

663年、大和朝廷が

白村江の戦いで、負けた後、

唐の侵攻に備え、

朝鮮半島から逃れて来た

百済人の技術をもって西日本の各地に、

防衛施設としての山城を作りました。

その一つが、石城山神籠石

(いわきさんこうごいし)で、

このお城、日本書紀などの

文献には出て無いのですが、

実際には「有る」のです(笑)

逆に日本書紀など

古文書に記述があるけれど、

「無い」(見つかっていない)

お城もありますので、

僕たちも旅しているうちに、

将来世紀の大発見者に

なれるかも知れません(笑)

散策開始

第二奇兵隊関連史跡を巡り、

石城神社を参拝した後は、

広大な城域の

石城山神籠石の散策へと向かいます。

パンフレット。

冒頭部分を抜粋すると

「石城山神籠石は、明治42年秋、

当時の熊毛郡視学・西原為吉氏

(福岡市出身)によって発表され、

それまで、九州にしか

存在しないとされてきたこの大遺跡が

本州でも発見されたので、

考古学界の注目するところとなりました。」

このようになります。

古い案内板。

消えかかっていますが、

マジックの手書きで

「一周約ルート約90分」

「多少アップダウンあり」

このように書かれています。

僕たちは、体力を考慮して(笑)

パンフレット地図の左半分、

西水門、北水門、北門を

巡ることに決定。

広大な山城を僕たち二人で独占。

福岡県糸島市の

宮地嶽神社に参拝した時のように

猿にでも襲われれば、

妻の記憶に残るのですが、

残念ながら、猿も熊もイノシシも

出て来ず(笑)

山城の石列。

神籠石という名前の由来です。

西側の景色。

瀬戸内海も見えてますね。

西水門

散策を開始して5分ほど歩くと、

早くも西水門に到着。

かなり遺構が残っていますね!

近寄って撮影。

北側からの全体像。

動画でも撮影。

今から1300年前、

飛鳥時代の遺構が

これだけ残っているのが凄いですね。

水門を背にして城外を撮影。

北水門

次は北水門へ。

アップダウン、

思った以上にあります(汗)

北水門が見えて来ました。

石垣。

水門付近には、

今も山水が流れています。

水門の排水溝でしょうか。

東側から北水門を撮影。

龍石

次に北門へと向かいます。

堀切のような道。

ここでも所々に

石列が見えています。

龍石と妻。

実はここよりも

もっと「龍」に見える

アングルがありました。

これならまさしく「龍」ですね!

北門

龍石からほどなくして、

北門が見えてきました。

北門。

右の大きな石は、

「沓石」(くついし)と呼ばれる

門扉の柱礎石。

逆側からだ撮影すると、

礎石部分の加工がよく解ったのですが、

この時は何気なく見ていただけ(汗)

いつもこんな感じで、

見逃しが多いのが僕の特徴です(笑)

駐車場へ

歩くこと40分近く、

ようやく半周が終わろうとしています。

石列を見ながら駐車場へ。

キャンプ場の先に

駐車場が見えてきました。

半周だけでしたが、

石城山神籠石の魅力は

大いに堪能できました。

 

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