神武天皇畝傍山東北陵(2019年夏旅)

 

神話と歴史

Wikipediaによると

「神武天皇畝傍山東北陵」

(じんむてんのう

うねびやまのうしとらの

すみのみささぎ)は、

文久3年(1863年)

現在の地に治定(じじょう)され

幕府が15000両を出して修復し、

同時期に神武天皇陵だけでなく、

百余りの天皇陵全体の修復を行ったと

書かれています。

幕末の動乱期だというのに

江戸幕府の懐の大きさというか、

余裕というか、さすがという他ありません。

幕府の権威を高めるためとはいえ

尊皇攘夷派が泣いて喜ぶような?(笑)

歴代天皇陵の整備をしていたとは、

驚きの事実ですね。

神武天皇陵へ

正式名称は長すぎるので(笑)、

ここからは神武天皇陵と書きます。

橿原神宮から徒歩10分くらい

畝傍山の東北(うしとら)の方角に

神武天皇陵はあります。

入口からは畝傍山が見えています。

入場。

宮内庁から三つのお達し。

「一、みだりに域内に立ち入らぬこと」

「一、魚鳥等を取らぬこと」

「一、竹木等を切らぬこと」

これなら僕でも守れそうかな(笑)

日陰を歩きます。

途中にはこんなせせらぎが。

鳥居が見えて来ました。

神武天皇陵。

お手水。

あまりの暑さに、

このお手水でハンカチを濡らし

涼をとらせていただきました。

陵だけに涼をとる?(笑)

神武天皇様、ありがとうございます。

ズームで撮影。

参拝。

思わず賽銭箱を探してしまいましたが、

ここは神社ではないので、

そのようなものは置いてありません。

宝算127とされています。

(宝算は天皇の年齢のこと)

神武天皇に敬意を持ってツーショット。

なんか暑さでかなりやられているような(笑)

これで、神武天皇陵の参拝は完了です。

 

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