厚東護国神社(山口県宇部市)

 

奉安殿(ほうあんでん)

厚東(ことう)護国神社の御社殿は、

奉安殿(ほうあんでん)として

使われていたものです。

奉安殿なるものが何を意味するのか

僕は知りませんでしたが、

親切な案内板により、

僕の知識は一つ増える事になりました(笑)

「厚東護国神社」の案内板。

内容を抜粋すると

「(1)奉安殿

明治23年、教育勅語の発布と共に

「教育勅語」と

「天皇・皇后両陛下の写真」を

安置する場所として定められる。

昭和3年には、岸田昌介氏の寄付で、

厚東小学校の校庭に

石造りの奉安殿が建設されました。」

「(2)厚東護国神社

昭和21年、第二次大戦終了直後、

進駐軍の指示により

「奉安殿破棄撤去の通達」が出され、

解体されました。

その後、地元有志と

恒石八幡宮の宮司などと相談し

現在の目立たない場所に移築され、

「厚東霊廟」と命名、

昭和39年「厚東護国神社」と

改称しました。」

このようになります。

この案内板の感動ポイントは二つ。

一つ目は、

全ての漢字に「ふり仮名」が

ふってあるという事。

二つ目は、

御社殿の歴史が、

脚色や誇張も無く、

ありのまま綴られている事です。

案内板の設置は最近で、

令和2年11月、

この日に参拝したからこその

出会いに感謝です。

隠れた?参道

厚東護国神社は、

恒石八幡宮の参道の起点から

並行した参道となっています。

一の鳥居が見えている

左部分が昔の恒石八幡宮の参道、

真中が車道(現在の参道)、

右側の細い道が、

厚東護国神社の参道。

ちょっと見た目には、

参道とは気づかない、

獣道?的な参道。

少し歩き厚東護国神社境内へ。

木に囲まれ、

確かに目立たない場所ですね。

本殿(奉安殿)。

命を落として今の平和な日本を

もたらしてくださった

御英霊たちにに参拝。

本殿裏の忠魂碑と

征清全捷之記念碑(右横)。

妻が気になったもの

木々を見ていた妻が、

「あそこに何かあるよ!」

そう言ったので、見上げてみました。

木の先っぽに何かある・・・

杉の実でしょうか・・・

花粉症が完治して25年の僕は、

怖がる必要な無いかな?

それにしても

こんなところを見ているなんて、

妻の視点は人とは違うようです(笑)

 

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