恒石八幡宮(山口県宇部市)前編

 

恒石八幡宮の歴史

神社のパンフレットによると

「恒石八幡宮は、

厚東(ことう)氏の建立した神社では

最古の社で、

創建の由来は、

(平安時代)厚東氏第二代武基が、

都から海路帰国の際、

備後国常石の浦

(現在の広島県沼隈町)に

停泊した時、

霊夢にみちびかれて、

海中より八幡宮の御神体を奉じ、

帰国後現在の宇部市に仮殿を建て、

その後、現在の亀山の地に

遷宮した。」

このように書かれています。

厚東氏が滅んだ後も

大内氏、毛利氏と崇敬は篤かったそうで、

それが今に繋がっています。

ここに出てくる広島県の沼隈町へは、

2年半ほど前、

腰が抜けるほどスリル満点だった

阿伏兎観音の参拝時に

行ったことがあり、

沼隈町内のスーパーで買った

塩ネギカツ丼」なるものを食べた、

思い出深い地なので

なんか嬉しくなりますね(笑)

(妻は多分忘れているでしょう・・)

参道

この地区には、厚東氏関係の

史跡が数多くあります。

厚東川を挟んで東には

厚東氏の城、霜降城(跡)、

そして、西側に

恒石八幡宮は鎮座しています。

参道入口。

車道が今の参道ですが、

まずは旧参道の石段へ。

江戸時代の石段?

貫部分は修復されていますが、

こちらも古い鳥居です。

この後、車で御社殿近くの駐車場へ。

以前は一の鳥居から

続いていたであろう参道。

三角形の頂点を御社殿として、

左右二つの石段が設えてあり、

まずは、左を上ってみます。

石段側面の古い手水鉢と井戸。

井戸の石組みからして、

江戸時代のものと推測。

右側の石段。

左側のものより

古い石段なので、

オリジナルはこちらかも知れません。

石段近くの灯籠は、

文政四年(1821)の寄進で、

今年で200歳。

二の鳥居。

左の柱上部には、

延寶四年(1676)と

刻まれているように見えますので、

間違いなければ、

四代将軍、徳川家綱時代の

かなり古いものという事になりますね!

拝殿へ。

文化八年(1812)寄進の狛犬。

吽形。

古い手水鉢。

しめ縄を巻いて、

大切にされています。

安政六年(1859)寄進の狛犬。

デザインは出雲系の

お尻を上に突き出した形です。

吽形。

拝殿にて参拝。

「恒石八幡宮の歴史」と書かれた

ボックスの中に、冒頭で引用した

パンフレットが入っています。

このように

親切な配慮をしていただくと、

神社さんのことが

少しでも深く知ることができ、

参拝がいっそう楽しくなりますね。

拝殿から右回りで本殿へ。

左から拝殿、幣殿、本殿。

パンフっレットには、

現在の社殿は

明治十五年に再建されたと

書かれています。

拝殿の鬼紋は、

毛利氏の一文字三つ星。

本殿にも参拝。

この後、境内社と裏参道を散策へ。

(後編に続く)

 

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