熊野神社(山口県山陽小野田市)後編

 

2年前に出会っていた・・

熊野神社で御朱印を

授与していただいた時に

一緒に手渡されたパンフレットから

僕たちが令和元年(2019)夏、

和歌山県新宮市鎮座の

熊野速玉大社で出会った

本殿と楼門の大注連縄が、

実は、この熊野神社さんからの

奉納だった事を知りました。

こちらが2年前僕が撮影した、

熊野速玉大社の

楼門にかかる大注連縄。

これを10年以上前、

熊野神社さんが

奉納されていたのです・・・

ご朱印と、

令和3年しめ縄ご奉納の記念写真。

この大注連縄、

業者に注文したのではなく、

ご自分たちで作られているのです!

パンフレットを抜粋すると、

「平成二十年に名誉宮司先生が

熊野速玉大社に「しめ縄」を奉納され、

十年以上掛けて頂きました。

しめ縄も古くなりましたので、

その意思を受け継ぎ、

島根県のしめ縄会館へ

毎年のように修行へ行かれている

権宮司さんの指導で、

新しく作ることになりました。」

「神社の田んぼで

苗から育った稲穂「わら」を使用し、

道場で袴を取り除き、きれいにします。

この作業を

百姓会(おおみたからかい)の

人達が毎日頑張って来られました。

仕上げには、

島根県しめ縄創作館棟梁の

石橋真治先生においで頂き、

より合わせをしました。」

このようになります。

う~ん、素晴らしい!

心がこもっているとはこの事ですよ!

新たなしめ縄を奉納された直後に

僕たちが熊野神社さんを参拝するとは、

有り難すぎるご縁ですね。

境内社など

本殿参拝後、

旧本殿などがある境内社地へ。

新しい本殿の裏が、

旧本殿のエントランス。

したがってここに

猿田彦大神(写真左側)は

鎮座しています。

熊野権現の神額の鳥居。

ここに祭られているのは恵比寿様。

案内によると、

大国主の息子の事代主系ではなく、

イザナギ・イザナミの産んだ

ヒルコ系の恵比寿様で、

「この恵比寿様は庭石でしたが、

雨に濡れると人の顔に見えると言われ、

昭和六十二年に

当社の敷地にご鎮座いたしました。」

このような説明もあります。

確かにお顔に見えるような・・・

大山祇大神。

旧拝殿。

この左手前にあるのが、

ご朱印を授与いただいた社務所。

まずは、ご神水へ。

綺麗な水で泳ぐ鯉たち。

「九重の滝 禊場」

水くみの人達が、

結構やってきていました。

不動明王さんも睨んで・・

いや、

見守って(笑)くれてます。

荒神社、人丸神社。

奥の院神祠。

水掛け地蔵。

お地蔵様。

若宮光乃大神 荒祭宮

先程の分岐に戻り、

ここから少し山登り。

鳥居をくぐり参道へ。

野面積み的石垣と、

現代石垣のコラボ(笑)

若宮光乃大神 荒祭宮境内。

案内によると

「当神社の開祖、

若宮光乃大神は、

昭和四十七年に

当熊野神社を創建され、

紀州熊野本宮大社から

御分霊を迎えられました。

以後、全霊をもって神様に仕えられ、

当神社の隆昌、繁栄に尽くされました。

昭和六十年十二月二十四日に

御昇天されましたが、今も天上から

当熊野神社の隆盛と、

参拝者の幸福を祈り

守りつづけられているのであります。」

このように書かれています。

常に流れる清浄なお手水。

参拝。

神様のご意思(遺志)は、

自分たちで制作した

しめ縄奉納という形でも

しっかりと伝わっています。

ここに参拝できてホントに良かった!

 

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